みょうの日記
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2004年03月21日(日) やられるって・・・?

最近、すんごく気になることがある。テレビに限らず使われる言葉「やられる」。
言葉のプロであるはずのアナウンサーでさえ、「●●はやられますか?」「●●はやられていますか?」という言葉を使う。丁寧語のつもりだろうけど、やられるって言葉はあまりいい響きの言葉じゃない・・・と思ったけど、思い違いだったかな? 私は「●●はやられますか?」って言葉を聞くたびになんだかひっかかりを覚えるんだなぁ。
最近は本当に丁寧な言葉をつかおうと努力しているけどトンチンカンって言葉が氾濫しているように思う。
時代の流れだから仕方がないと言われればそれまでだけど、そしてそれが正しい表記になれば問題ないと言われればそれまでだけど、もう少し自分の国の言葉を大事にした方がいいんじゃないかと私は思う。
だって、日本語は美しい言葉なんだから。
日本語の微妙なニュアンスというものは、外国の言葉に比べたら繊細で優しい。優しい、というのは習うのが簡単という意味ではなく、まろやか・・・というか、うまく言葉にできないけれど、そんな印象がある。一つのものを表現するのに幾通りもの言い方があるというのは、たしかに覚えることが難しいかもしれないけど、その意味を理解したときの驚きは感動的ですらある。
「そういうことか! うまいっ!」と思わず唸ったこともある。
言葉には意味があるのだ。漢字一文字とっても意味があるのだ。
言葉とは生き物だ。その時代時代に適応して変容していくのは当たり前なのだ、とどこかの国語学者が言っていたが、意味のない記号、意味を違えた使い方の羅列を見ると、それは変容というよりも破壊されていっているようで、私は悲しい。


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