てらさき雄介の日記
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2022年08月15日(月) |
責任者とは責任をとるために存在する |
戦後77年。今年も終戦の日を迎えた。責任者とは、その名の通り責任を取る為に存在する。その出処進退は、勝った時よりも負けた時に問われてくる。
大日本帝国は、大本営と軍首脳部、そして政府の無責任さによって敗れた。現地の司令官は、サイパンと沖縄は自決、硫黄島等も玉砕の戦死をしている。一方で東京の首脳部はどうだったのか。
死ねと言っている訳ではない。命は尊い。生き延びたことは素晴らしいことだ。だからこそ自らが責任者であったことを自覚して、反省と検証をする必要があったのではないか。それが弔いではなかったのか。
今現在に至るまで日本政府は、あの戦争の総括をしていない。「反省」と言う言葉を口にしても、具体的な事象を述べないので、誰に対して何を反省しているのか、わからない。
人間は忘れることによって、前を向いて生きられると言う。一理ある。確かにわかる。しかしそれは個人の場合だ。最大の組織である国家は、記憶を刻む必要がある。
●今日一日
【午前】 休み
【午後】 地域まわり/相模原市中央区
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