2004年07月26日(月) |
★ ひとりっこ愛憎劇場 |
先日 人生の中で出会い「絶対、大好きだ!と思う数人」に入る友だちの、 知られざる人生のドラマを聞かされた。 大好きでいつも一緒にいて 供にする時間が沢山あっても、 知らない事がまだまだあるんだ。
と、いうか 私は彼女の何を知っていたのだろう と、 ハッとした。 ただまっしろにぼんやりとしてただけなんじゃないだろうか。
歩いて来た道のりが彼女を作る。 その構成を知らなくても、すごく理解していた気もするし ぜんぜん解ってなかったのだ。と 知らされた気もする。
彼女が悲しかった事が 悲しいと思った。 泣きそうになった。
個人の意見として 解って欲しい事もあったけど そこまでふみこんで 触れあわないほうが優しいかなと思う事もあった。
そのことに関してディスカッションするときではないのだ、たぶん。 人生の中でゆっくりと見い出してゆく、もしくは見ないまますぎてゆく、 これは、そういう彼女の課題なのだと思った。
っていうか、課題があるのは、私なのだ。 ひとの宿題を見せてもらってしまったけれど。
お話してくれて、ありがとね。
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出会った事のない弟に、 一生 触れないでいてあげること、とか考えた。 寂しい。
私は 私の20年以上をしらない父親の存在を思って、 この先、 愛しいと感じたり、泣いてしまったりするんだろうか。
いま、こんなふうにいろいろと思っていることを、 父親は知らないままで過ぎてゆくのだろうか、 私の結婚が具体的になったとき 私はどうしたらいいんだろう
目と目があっただけでビリビリ走る、 血と血の繋がり。
あのとき、何も感じなければ
いっそよかったのに。
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私のママは悲しい人
私は、自分の「母親」を憎んでいる。
だけど、誰かがママを悲しませるような事があったら 許せないだろうと思う。
すごく微妙だ。 離れているほうが上手につきあえる。
きらいだ。 だけど愛しい。
私がひとりっこだからいけない。
注がれる先がひとつしかない愛情が、 ひとりでいろいろやりたくなった頃には目障りで いつかつっぱねたくなる時がきた。
それをともに乗り越えていくのが家族なのだけど
私には リビングで新聞を開いてぼんやりする父親や 意識を共有するような兄弟姉妹もないし 他人は嫌いだったからお話する大人もなかった
ママをつっぱねるしかなくなってしまった。 ママは受け止めるしかなかった。 それでも注ぐしかなかったのだろう。
ママは ささやかな英才教育に励み 私の自尊心や自立心を育てた。頑張った。 お陰で 幼い自分を守る武器が、 片寄った我の強さとなってしまった。
伸びたのが 素直さとか、優しさとかだったら、 随分よかっただろうに。 そういうものは、のちのち出会った人々に教わった。
まるで産まれたときから備わっているような その ほんわり とした柔らかいものを、 うまれたての柔らかい手のひらに どんな風に握らせてあげればいいのだろう。
いま自分に結婚話が浮上して、
私は、自分が「母親」になる時がくるのが恐ろしい。 自分という「母親」が怖い。
せめて ひとりっこはつくらないでおきたいと思う。
家族ってなんだろう。 すごくいろいろ考える。
マニュアルがあれば、簡単なのに。 いたってシンプルな組立図が、難しい。
なんとなく、落ち込む。
父長崎人+母福岡人=純血の九州オンナ、福岡に産まれ、
関東→京都→佐賀→京都→横浜→群馬と流れてます‥
レイ
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