最強の星の真下

2003年01月25日(土) 友人達の話。

久々に前職の悪友達と飲み会。
みんな転職したので、前の職場に勤務している人は1人もいないけれど。

何というか、前の職場は社員の待遇が本当に劣悪だった。特に女性社員は、男性社員に輪をかけて劣悪だった。
そのお陰で、却って社員達の中に何となく連帯感というか、親和感のようなものがあった。
勿論気の合う合わないはあったけれど、気の合う人同士で乏しい予算でも大丈夫なお店を探しては飲み(飲めない人は食べ専門)に行くのがたまの楽しみだった。

そのメンバーはみんな辞めてしまったけれどそういう親近感はそのままで、今もたまに集まっては近況報告会をしている。

乏しい財布事情が知れていたり、セクハラで心情的に追いつめられていたり、そういうある種の「弱み」を共有した経験が基盤にある親近感や共感は根強いものだなあと思う。
ギリギリのところで何とか踏ん張っている時って、生の人間性が出るのかもしれない。
そんな中で「あ、この人とは共感できる」と思ったから、今も付き合いの続く「友人」なのかな、と。そんな風に思う。

仕事話とか、男話とか、趣味の話とか、精神話とか、そんなあれこれを飾ったり鎧ったり身構えたりしないで話せる場があるっていいな。

多忙のあまり自律神経がおかしくなったり前の恋人にドメスティックバイオレンスを受けて精神的外傷を引き摺っていたり、それぞれ色々あるけれど、でもみんなここを逃げ場にしていない。
それぞれ自分の抱えているあれこれを解決するためにきちんと自分なりの努力をしているし、その努力をこの素敵な友人達は肯定する。努力の価値を彼女たちは知っている。
でも疲れてしまって自分が動けない時は、今は無理なのだと言えるし、努力を休憩することもこの友人達は肯定する。休憩することが必ずしも甘えという訳ではないという事も、彼女たちは知っている。
良いことがあった時もそれを話せるし、この友人達は一緒に喜んでくれる。羨ましい時は率直に、「え〜いいなあ!」と声をあげる。陰に籠もる事がない。羨ましいものは努力して自分の手に掴めば良いと、彼女たちは知っている。

自分の努力を続けるための、自分の元気を保つための、エネルギー補給の場があるのって、いいな。
今はもうそれぞれに忙しくてなかなか時間の都合がつかないけれど、その時都合のつくメンバーだけで集まるのが常だけれども。


彼女たちに逢えたのは、あの会社のおかげだ。
酷い待遇でありがとう。というのも変な話だけれど、でも結果的にはやっぱり、「ありがとう」と言っていいかな。うん。


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桂蘭 [MAIL] [深い井戸の底]

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