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2007年06月03日(日) 村の生態系を見ていたら・・・

ふと実の父のふるさと・長崎の海を見たくなった。きれいだったなぁ。あの海。穏やかでほどよい人でにぎわってた海水浴場。
岬の展望台近くの木々には、猛禽類が住んでた。今日DASH村の里山を見てて思い出した。

私の実家の父は、生物教師をしていたことがあったけど、私も自然に子供の頃から、生き物に対しては愛着を持って暮らしてた。
庭の池で、ヒキガエルが卵を産んで、ものすごい長さの卵から莫大なおたまじゃくしがかえって、
ミニガエルが庭のあちこちをぴょんぴょん跳んでたっけ。石と間違えて、ヒキガエルのでかいやつを
つかんじゃったこともあったっけ。同様に、ゴミと間違えてでかいクモを投げてしまったこともあった。(^_^;)
気づいてからどっちもウェッ!!って思うんだけど。気づいてないと何でもできるみたい、私って。(^_^;)

私の実家は、建て替える前は昭和11年に建築された家で、そこで私は24歳まで過ごした。
壊された後の家を見た時、涙がこぼれた。あの家には苦しかったことも無邪気な子供だった私の思い出も、
みんな残っていた。
毎日のようにびわの木に登って、当時はあまり高い建物もなかったから、通り過ぎてく新幹線までよく見えた。

あの家だけが時間が止まったような生活をしていた。周囲の家々も昔から住んでる方ばっかりだったけど、
その中でもうちはいちばん昔から住んでいたようだ。周りが何にもなかった頃から。それこそ本当に村だった頃から。
昭和40年代生まれなのに、我が家の暮らしは3丁目の夕日みたいな30年代の暮らしだったな。
庭にはわさわさとたくさん木が生い茂り、まるで今日のDASHの里山みたいに。
だから秋の一日は落ち葉焚きやってた。まさに童謡の「たきび」の世界だよ。落ち葉集めて焚き火。
焚き火の匂いは、私の子供の頃を思い出させる。今じゃめったに焚き火の匂いなんてしないし、
焚き火なんかしたら怒られる時代だけど。

インコも文鳥も我が家の木々めがけて飛んできて、家族の一員になった。
ハトやオナガがよく巣を作ったし、今日DASH村に出てきたヒヨドリもシジュウカラも、毎日庭にやってきた。
ヒヨドリとは柿の争奪戦を繰り広げてた、毎年。
そういえば巣から落ちたスズメを木製の鳥かご(うぐいすとか飼うやつね)に入れて、出口を開けておいたら、
親スズメがエサをやりに来て、しばらくしたら一緒に飛び立っていったっけ。
私自身もヒヨドリのヒナを拾って育てて、巣立ちさせたこともあった。
子犬を拾ってきて、1〜2週間育てて、里親に渡したこともあった。

実家は都心の中にありながら、時代がゆっくり流れてる田舎のような家だった。
今思えば、とても贅沢でスローライフだったんだな、きっと。
私も庭に、友達と一緒にジャガイモやダイコン植えて、一応収穫したし。おままごとサイズだったけど。(^_^;)
今は学校行事でするかもしれないけど、私は自然にそういうことやってたんだなぁと思った。
大分の山奥の出身の旦那よりずっと、木や植物や野鳥の名前知ってるし。(^_^;)

相変わらず、DASH村はそんなに好きで見てる企画じゃないんだけど。
でも今日のシジュウカラの子育ては、ものすごく懐かしい匂いがした。
オナガのヒナが巣から落ちて、アリにたかられてたんだよね、瀕死の状態で。
アリをはらって、父がはしごかけて、巣に戻してやったんだけど、また落とされてるの。
要するに、生きるのに弱いヒナは落っことされるんだよ、母鳥に。そうやって自然淘汰されてくんだよね。
かわいそうかもしれないけど、それが生態系ってもんなんだ。

私、高校の時、理科系はダントツ生物が得意だったんだけど、なんだかんだ言って生物教師だった父親のおかげかな。
遺伝はないんだけど。(^_^;)

ふしぎなことに、私はヘビもあんまり怖くないんだ。爬虫類平気みたい。イグアナとかカメレオンとか見てたら
おもしろいだろうなぁって思う。時々こういう人いるでしょ?私そういう人みたい。(^_^;)
あ、だから爬虫類顔の茂が好きなのかも?ウソウソ。ごめん。(^_^;)

スローライフだった実家での24年間を思い出して、ちょっとセンチになった今夜の私。


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