思い出に変わるまで
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2008年11月03日(月) 姪のその後・・

結構あいだが空いてしまいました。
もう、一週間がドタバタで・・・・。

姪のその後ですが・・・。
一家が揃った翌週の月曜に日赤病院に転院。
詳しい検査の結果、市民病院では急性骨髄性白血病と診断されましたが、日赤では急性リンパ性白血病との診断でした。
リンパと骨髄性とでは全く意味合いが違う!!

リンパ性であれば治癒率は90%で命の危険度もほぼ心配ない。
悪性ガン細胞もゼロだったので一同ホッと胸を撫で下ろしました。
抗がん剤治療は行われるので長い髪も抜け落ちてしまうけど、そんなの命を取られる心配をしていた数日を考えると全く問題なし。
もう、嬉しくて、ホッとしてまた泣いてしまいました。

義妹は転院時からずっと姪に付ききりになり、問題は残された実家の長男10歳、次男4歳の事。
私の母は重度の障害があり、父の介護が無ければ排泄も一人では出来ない程。
そこに長男、次男の世話が入り、弟も仕事を抱えながらの自分の子供は限度がある。
父も早朝の牛乳配達のバイト&深夜のスーパーマーケットの裏作業のバイトが交互に入ってる。
朝食の準備は弟が
次男の幼稚園の送り迎え(送迎バスの場所まで)、朝食の準備、掃除、洗濯
は父が・・・と負担は父の肩に乗っかり、父もかなりキャパオーバー。

幸い、一ヶ月の赤ちゃんが居る私も今は仕事をしておらず、実家に食事を作りに行ったり、洗濯を請け負ったりと毎日の様に実家に足を運んでいました。

毎日がバタバタと過ぎていく中で、残された子供達の事がイチバンの心配。
母親が居ない生活もガマンを虐げられ参っている感じ。
特に次男。
幼稚園から帰るとずっと泣き続けてる。
まだ母が恋しい年齢だもん。

週末はウチで長男と一緒に連泊させ、タメと遊びながら多少元気は取り戻した様子だけど。

義妹一人欠けただけで生活のバランスが崩れた様子を目の当たりにし、自分自身の健康も気をつけなければと実感しました。


mamirin |MAIL

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