| 3346, YouTube の視聴回数 1 日 20 億回! −1 |
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2010年05月24日(月)
YouTube の視聴回数が1 日 20 億回!には驚いた。2年前に息子から面白いとサイトを開いてK-1を見て驚いたが、 それっきりだった。 それがビデオカメラを買って、撮影し、投稿して初めて面白い投稿が多くあるのに気づいた有様・・。 まずはペットから始まり、アフリカの野生動物、そして花火と、見る度にはまってしまった。 このサイトのHPによると ≪ 5年前の5月、YouTube の創業者たちは何カ月も深夜まで及ぶテストと作業の末、YouTube.com をオープンしました。 その使命とは「誰でも簡単に動画をアップロードし世界中と共有することができる場所を提供すること」。 今日 YouTube は、映画監督でも、政治家でも、自慢の子を持つ両親であっても、または大きな何かと 繋がっていたいという人たちが、自身をブロードキャストすることができる場となりました。 YouTube は誰もが想像したよりも遥かに素晴らしいサイトに変化を遂げ、活気に満ちたユーザーのコミュニティが創られた。 多くの皆さんに使っていただいた結果、今日 YouTube の視聴回数は 1 日あたり 20 億回を超えるまでになりました。 これはアメリカの主要テレビ局 3 局のゴールデンタイム中の番組視聴回数の合計の 2 倍近い数値です。 自宅の寝室で撮影された動画ブログやバイラル動画のサイトとして始まったものが、HD画質や3D動画に対応し、 200 カ国に放映される 1 シーズン分のスポーツの試合、より良い社会を目指したドキュメンタリー映像、 更にはアメリカ合衆国大統領へのインタビューまでも配信する世界的なプラットフォームに進化しました。≫ ー以上だが、ツイッターには、すぐ反応したが、これに反応しなかった鈍い感性に驚いている。 2006年10月にグーグルに16億5000万ドルで買収されグーグルのグループ会社となった。 社名とサービス名であるYouTubeのTubeは、真空管、映像を表示するテレビのブラウン管を意味している。 今や大画面TVでくだらないバラエティーやドラマを見るより、パソコンの小さな画面で素人が投稿した動画を見る方が 面白いと感じるようになっている。 世界のネットやビジネスの共通話題がYouTubeの映像の話題になることが多いという。 一つの映像を世界中で数千万人がみることも珍しくない。アフリカの動物の動画で一千万以上のアクセスが次から次に出てくる。 見る方からしたら五百万以上のアクセスのものから見れば、面白いのに確実に辿りつける。 更に驚いたのが、アクセスしたテーマの類似ビデオが右側に羅列して出てくる。これでは、はまる訳である! ー続く ・・・・・・・・ 2971,住まうこととさまようこと ー3 2009年05月24日(日) * さすらう者たち 「さすらい」という言葉は、深い何かを感じ取ることが出来る。それは、青年期になると、親から一歩はなれて、 自分の世界を探し求める者の姿に二重写しにもなる。産まれ、育ち、生きていく人間のありようが、さすらいかもしれない。 その言葉に、「ニヒリズム」の響きを感じるとるのは、人間の存在は死すべき存在であるかだ。 さすらいといえば、船乗りと遊牧民である。 彼らは、「住まうこととさすらうこと」を同時にしている。 彼等の方向性は、目的とする港であり、商業の街である。 彼らは、港や商業地で住む人たちとは本質を別とする。 「男はつらいよ」の寅ちゃんではないが、自分の帰属するところがあってこそ、さすらいが出来る。 古来、未知なるものへの憧れが、人間をさすらいへと駆り立ててきた。 欧州ではユダヤ・キリスト教の影響が顕著になると、さすらいは原罪を背負い呪われた者たちの宿命であり、 彼岸という最終目的に至るための受難の道に過ぎないと、考えられるようになった。 今日でも、何らかの最終目的に到着することが、旅の目的とみなされてきた。 しかし、著者は到着のためにさすらうのではなく、「さすらいのためのさすらい」、「さすたいのうちに住まうこと」 「住まいながらさすらうこと」すなわち「旅を枕とすること」を主張している。 我われが住まう空間を個々の物質的に限定された家の枠を越え、天と地のあいだの空間、 すなわち世界という家と解釈するならば、そこは我われがさまよう空間でもある。 さすらいの人生、そういえば哲学的だが、元々人類は一万年前までは、さすらってきたのである。 それが天変地異があり、採取では生きていけなくなり、実のなる木を植え、動物を囲い込んで飼うことで 生き延びてきた。そして、それまでの移動生活から、固定した家をつくる切っ掛けになったのである。 だから、さすらいという言葉に人間は本能的に憧れを持つのである。 既に亡くなった両親や、兄や姉、そして親戚の人たちを思い出すたびに、彼らは、娑婆でさすらい住んで、 そして無に帰っていったことがわかる。この歳になると友人が多く亡くなっている。 彼らを思うたびに、天の下、地の上に住まいさまよってきたことが合わせ鏡のように理解できる。 先日、小林旭の「さすらい」と、渡哲也「東京流れ者」をカラオケスナックで唄ってきたが、 「落ちこぼれ者」の哀愁の歌でしかない。 全ての人は、生まれ、住まいさすらい、落ちこぼれていく? ・・・・・・・・・・ 2607, 脳内会話 ー2 2008年05月24日(土) 脳内会話といえば、 哲学者の池田晶子の「帰ってきたソクラテス」「ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け」「さよならソクラテス」の三部作が、 池田晶子の脳内会話のようなものだった。宇宙の彼方から帰ってきたソークラテスが、現代のニッポンに甦り、 現職議員や老人福祉係、ニュースキャスター、ジャーナリスト、エコロジスト、フェミニスト、マルチプランナー、 トレンドクリエイター、コピーライター、サラリーマンから釈迦まで、様様な職業の人たちと、政治や老人福祉、 その他諸諸のことについて、対話する。筆者が抱いている「ソクラテス像」というフィルターを通して、しゃべりたいことを、 ソクラテス(池田晶子に話をさせている。 ソクラテスなら、こういうだろうと池田が成りきっているところが面白い。 これこそ脳内会話そのものだろう。 ーー 「そーさ、そりゃあたしだって、決してこんな世の中いいと思ってるわけじゃない。 確かにこの頃は・目に余るところはあるわよね。 でも、世の中って、そういうもんて言や、 そういうもんなんじゃないの。 (中略) あたしは、自分の身の丈の暮らししかしたいと思わないから、 官僚が金儲けしようが女子高生が売春しようが、あきれはするけど、かまわないね。 言ってわかる連中じゃないんだから。(中略) ああいうのに腹立てて、やいやい言ってるヒマがあんなら、 自分をまじめに生きてる方が、あたしはいいね、ほんとはそっちが先でないのか。 みんながそれをほっぼらかして、人のことや世間のことばっか気にするから、結局世の中全体が、 そういうふうになるんでないのか。.……」ーソクラテス 『悪妻に訊け』で読んだ「フェミニスト」とのやりとり。 「 フェミニスト 女の能力は生殖や家事に尽きるものではないと私は言ってるのです。 女の隠れた能力を存分に発揮できる場所を、社会は用意するべきだと言ってるのです。 クサンチッペ 馬鹿だねえ。女の能力って言うんなら、そりゃ男を動かすことに尽きるでないの。 社会動かしてるのが男なら、その男を動かすことこそ女の技量ってもんよ。せっかく女やってるんなら、 断然その方が面白いね。 フェミニスト 全然甘いわね。男たちは女の言うことなんか、そんなに簡単に聞きやしませんよ。 クサンチッべ そりゃ、あんたがそれほどのタマじゃないからさ。それだけのことだよ。 フェミニスト 失礼ね!自分の食い扶持も稼げないくせに! クサンチッペ やれやれ、食うことばっかりこの人は言うんだ。ない、私が稼がないのは、 ソクラテスが私に惚れているからだよ。男ひとりに惚れられなくって、何で女の能力なのさ。」 ーー以上だが、 もちろん、クサンチッペは池田晶子そのもの。 一人にやにやして、自己会話をしている姿が彷彿する。 そうそう、面白いことを思い出した。 ある家の部屋の更に奥にある部屋に入って亡くなった親戚、家族、友人、 恩師などのテーブルを想定して、そのテーブルに座り、一人一人と会話をするイメージの創作をしたことがあった。 何かの本からヒントを得たのだが。これをイメージだけでなくノートに書けば、面白い文章になったのに、書いておけばよかった。 当時は気持ちが重くなって、あまり長続きはしなかった。今からでも遅くはないが。 脳内会話の本、アマゾンでまだ注文してないが、するか。 ・・・・・・・・・・・ 2007年05月24日(木) 2242, 閑話小題 ゜・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ *滋烈亭のママ* 十数年前の話になるが、長岡や県外の人が新潟・古町界隈の「個性的な店に行きたい」というと「滋烈亭」という 創作中華料理店に連れて行った。ママも美人でキップが良かったこともあったが・・・ ところが当時、改装をしたという 案内をもらったので行ったところ、カウンターを主体にした、より高級志向の店になっていた。 当時、「ちょっと高級志向的過ぎるのでは?」と注意した記憶がある。露骨に嫌な顔をされて、それ以来行ってなかった。 その直後に金融の再編成や、官公庁への接待なども厳しくなって、高級イメージがマイナスになったことも加え、 前ほどお客が行かなくなった、という噂を聞いていた。 本人は骨身に沁みていただろうに! だが、「本当のことをいってはならないのが人のため」というのが最近分りかけてきた?・・・私には出来ないが! そのママが先日、事務所に訪ねてきた。 曰く「この十数年、ギリギリ乗りこえてきたが、東京で勤めていた息子が 店に入るというので、それを機会に駅前に移転したいので駅前界隈の情報を知りたい。色いろな病気もその頃から出て、 この十年は闘病の日々であった。十数年前までは接待費の店として充分採算があっていたが、今は時代が変わった」とか。 以前の面影はあまり見られなかったが、それでも人生に対して前向きのところは変わってなかった。 この話を聞くまでは「格差社会の中、で高級志向の人たちに支持されているのかな」とも思っていたが、 それほど甘くはなかった! ということだった。 ーー *やはり変わった駅前周辺の空気* (字数制限のためカット2010年5月24日) ・・・・・・・・ 2006年05月24日(水) 1877, 「ノート術」本当の極意 ?2 おっ w(゚Д゚)w ハァョ? 「手帳とノート魔法の活用術」の著者の和田茂夫氏の ービジネスノート活用七原則ー の基本的ノートの使い方が参考になる! 原則一、ノートとメモは使い分ける(メモは気づいた時に、適当に書きとどめるので改めて書き直す方が良い。 メモ情報のなかにお宝が多いのを掘り出すことになる。 原則二、カタチは何でもよい(A4かB4のノートで十分) 原則三、ノートは片面だけをつかう (ノートを切り離して使うためにも、片面がよい。見直すときも常に書いてある方をみれるし、みやすい) 原則四、タイトルは×マークで(その上の部分にテーマ、右の出典、左に月、下に日付けを入れる 原則五、主語+述語のワンフレーズで書く(たとえば「新会社法」とか「見積書」の場合、 「新会社法の施行」「見積書をファックスする」) 原則六、図解してみよう(マインドマップ、○△□→などを多くつかう) 原則七、封筒で整理する (テーマごとに大きな封筒の、関連のノートなどを入れておく。ノートは片面しか使ってないので 切り離してもよい。タイトルを端に書いておけば、少し引き出しただけで、封筒の内容がわかる。)^ー^)/C□~コーヒー? この内容のポイントは、 ・ 楽しく書けば長続きする。 ・ 方眼紙の紙やノートを使うと図表やグラフを描きやすく便利である。 ・ 空間を充分に取り、絵とか図を多く取りいえるとよい。ノートは片面だけを使う。 ・ メモの場合、必ずワンフレーズにしておく。 というところだが・・・ 現在、モーニング・ページで毎朝思いついたまま3P書き連ねているが、ほぼ上記をカバーしているが、実際のところどうだか? (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・・ 2005年05月24日(火) 1512, こころを凛とする196の言葉ー1 読書日記 最近、あまりこだわりを持たないで、色いろなジャンルの本を読むようになった。 その中に、女性が女性向きに書いてある文章がある。読んでいると、切口が鋭いことと、少し言葉を変えると「男」にも 当てはまる内容が多い。特に、服装に対する心構えなどは男性用のものは殆どない。外見に対して気をつけることとして、 「清潔7割、色気3割」は、男にとって「清潔7割、着こなし3割」と考えればよい。それとも、色気3割も必要なのかもしれない。 とにかく、読んでいて男の自分が「ハッ!」とする内容が次々と出てくるから不思議である。 特に、汚いオバサン化した女性には厳しい言葉である。若い女性には、是非読んでほしいものものばかりだ。 女性の気の使い方が読んでいて面白い。大事なことだが、でも? まあ、いいか! 女性の化粧は、欠点をカバーするもので、特にアンバランスを調整する為にするのが基本であるという。 ブランド物でどういうバランスを保てるのか疑問符があるが。 ー幾つかを書き出してみるー ・美の真骨頂は7対3 私が街で振り返ってしまう女性は、いつも決まって同じタイプ。 清潔感と色気がきっちり7対3の女たちである。 ・清潔感を毎日ひとつ メイクでも服でも香りでも何でもいい。毎日ひとつでも、清潔感を放つものを体にくっつけて出かける。 それが「清潔感のある人」・・・ ・服のルール おしゃれとは、年齢とともに失っていく清潔感を取り戻すためにある。 (字数の関係でカット 09年05月24日) ・・・・・・・・ 2004年05月24日(月) 1147, 「唯脳論」 この本も、なかなか面白い。情報化時代だからこそ脳が問題になる。脳こそ、情報器官そのものであり、 それがコンピューターと結びつき、さらにインターネットでネットされた現代社会では、最も注目されてしかるべきである。 自分の脳を公開して、さらに自分で時間をおいてみてみると、自分でも面白いのだから、他人が見たらもっと面白いだろう? この随想日記は「唯脳の世界」そのもの、それも重層に重なっている。「現代人は脳の中に住むという意味で、 いわばお伽噺の世界に住んでいるといっていい。」と著者は書いているが、ある意味、このHPもお伽噺かもしれない。 ー以下は、あるホームページの抜粋を、再構成したものである。 それにしても、神様か、高度の何かが人間や生物を創ったとしか思えないが。 ーーーー 養老孟司著 青土社刊 ●はじめに ・現代とは、要するに脳の時代である。 (字数の関係でカット 09年05月24日) ・・・・・・・・・ 2003年05月24日(土) 780,またおきた「意味ある偶然の一致」 ー40歳の頃 −1986年 過去をこうして書いていると、いかにして今の自分になってきたかの謎解きを一人しているような気分になる。 この頃は第二の増築工事の完成をした年であった。280室に向けて一番勢いがあった。 またギリギリの判断をして、後は野となれ山となれという気分であった。時代はバブル直前の何ともいえない エネルギーが溢れていた。コンピューターを導入した年でもあった。政治的には、アメリカとプラザ合意をして バフルに入った直後であった。気持ちの中ではギリギリの限界であった。ーこれを書いているときー今、 TVから1986年の歌がが流れてきた、それも字幕で1986年と入っていた。加山雄三の歌がー「北国の?と歌っている」 また起きた感じだ。 NHKのBS・2で、時間は21時55分。恐ろしい感じがする。よくおきるがあまりに露骨だ! (字数制限のためカット2010年5月24日) ・・・・・・・・・ 2002年05月24日(金) 416,鳩山家の「勉強法」 何回か立ち読みをして買うかどうか迷っていたが,先日買って読んで面白かった。しかし本来ある技法を、とってつけたような 内容も多かった。最近ノウハウ書に凝っている。以前はノウハウ書などの小手先の本を甘く見るところがあった。 ところがそれが思い込みでしかないことが、この年で解った。ノウハウ書ばかり偏るのがよくないのであって、技術の宝庫で あることは間違いない。この本もそうだ。ノートのとり方一つでも目から鱗。私の場合あまり勉強が得意でなかったこともある。 最近凝っている即読法もそうだ。10倍とはまだなってないが、3~5倍早く読めるようになった。うそみたいな話だが。 10歳ぐらいのときに、ある姉が教えてくれた。「一科目だけでいいから、勉強して一番をとりな!」 これが小学年の後半、算数だったと思うが一番になった。 それがきっかけであった。そして中学二年の時、・・・と。 さてこれで印象に残っている順に書くと! ・ノートの左右の書き分け 左にキチット先生の教えたことを、ノートにとる。 右に 右脳的に 絵とか自分の 形に遊びを入れて書き換える。 また、そのときの部屋の様子や、他のことも書き加える。ダビンチのノートもそうだ。 絵と文を交互に空間を広く取りながら書き込む。広くとった空間にどんどん書き加える。 ・あと問題集を徹底的に解く。 それもどんどん答えを見ながら、先に進む。 ・本は全体をとりあえず読む。そして後ろのほうから、逆読みをする。 推理小説の犯人を先に知った上で、 そのストーリーを読み解く方法を勉強法に取り入れる。 ・黒板を周辺に置き、いま覚えるべきところを書き込む。 ・勉強をすることが楽しい雰囲気を作る。音楽はアダージョなどの、アルファー波の出る音楽を流す。 ・黒板で自分が先生になったつもりで、生徒に教えるように演技してみる。 ・暗記は繰り返し暗記をすれば、誰でも憶えられる。 ・頭の切り替えの為、ポイントごとに遊びを入れる。 ・最も大事なところは、勉強と終わりに集中させる。 ・あくまで本人の主体性を尊重する。 これは別に写したわけでなく、自分の印象に残った順に記憶から記している。 受験なら、どこそこの大学と具体的に目標を決め、その科目を集中して勉強する。 それも高校一年の時から割り切り、他の授業は割り切って進級すればよいレベルにする。 こういうのを戦略的勉強法というんだろうが。 でもそれを出来なかったが、「生き方で戦略的に生きてやれ」と、学生時代に意識できた収穫もあった。 ・・・・・・・ 2001年05月24日(木) ホームページを開いて3週の実感 今週末に‘写真日記のコーナー’ができると一応ホームページの骨格が完成だ。 パソコンを何のため使っているのかな?使い切っているのかな?と疑問を持っていた矢先ホームページの開設を思い立ち、 そのプロセスの中で他のホームページの構造とユニットをつかむ事が出来た。自分のデータベース造り、及びその蓄積に なっていくと同時にそれがそのまま外界にリンクしていくサテライトスタジオ機能を持つことと言える。 グローバルに対する自己の開放である。ホームページはその表紙を語源とする。ということは大項目のデザインということになる。 この数ヶ月かなり追加と変更が予測できる。今年の新年の誓いはパソコンとインターネットとHPをものにする事であった。 特にホームページは思ったより収穫になりそうだ。 開設の5月2日以前と以後と言うくらいのそこに大きい段差を感じる。
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