| 3305, 金の価格は談合で決まる!って本当 ? ー2 |
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2010年04月13日(火)
ハイパーインフレへの対策は、少しは金でヘッジをすべきと思っていた。しかし前回のレポートからみて、、 投機、投資の世界は、私たちの窺い知れない世界。 金融シンジケートの手中にあるようだ。そのうえ、 国家が金を吸い上げようと思えば、朝飯前。利益に8割でも9割でも税金を賦課すればよい。その結果、 金売りが殺到し、暴落する。 その後、政府が買い上げた上、その法律を元に戻せばよい。 一般の国民は、 一時的の収益があっても中長期の利益を上げ続けることなど不可能である。 アメリカの金融占領国の日本は、 そのコントロールから抜け出すことは出来ないのが現実。 近々に為替か株式かで、乱高下が起こるはず。 金は世界共通通貨である。 ネズミ溝システムの米英通貨体制とすると、ドル体制を守るために金の価格を コントロール下におくのは当然である。 金が真実で、ドルを虚偽と仮説すると、ドルを発行するアメリカは、 金の価格を可能な限り下げておく必要があった。 しかし借金棒引きために、数十年かけて静かに買い集めたゴールドを、 今度は暴騰させドルの価値を下げる必要性が出てきたのである。 ドルの下げはアメリカの対外債務が大きく減額される。 あと1〜2年か、遅くても3〜5年後には金の暴騰を中国などと組んで仕掛けてくる。 と同時にデノミなどを 世界中の国々が一斉に実施するだろう。 その前に金融シンジケートは何度かは大きな株や債権の上げ下げをしながら、 売りだされた金などの現物商品を買いに入る。 だから、5〜10年スパンの長期保有の覚悟があるなら、金は買い。 「世界は、ごく一部の人たちによってコントロールされていて、99パーセントの人たちは、彼らに搾取されている」 という、眉唾的な本を度々見かけるが、一連の恐慌謀略説など、あれは本当だったのかと考えざるを得なくなる。 G7の首脳を動かしている力の存在は、当然、存在しているはずである。今更何をいっているかだが!
・・・・・・・・ 2930,新潟清酒達人検定 2009年04月13日(月) 一昨日の法事で、隣に座った従兄が三月に「新潟清酒達人検定」に受験、銀と銅のランクの、銀に合格したという。 ・銀が500人、銅が800人が受験、合格率が7割。発表はネット上だという。 ・3000円位の教科書があって、その中から問題が出て、○×で答えるもの。 ・内容は、大吟醸は何の基準で決められるのか?とか、清酒のアルコール度は1〜22度まであるとかいう軽い内容が中心? ・受験生は若い女性から、あらゆる世代の人にわたっていたという。 それから、酒のメーカーの批評から話題が次々と出て和気藹々になってしまった。新潟の酒蔵は104あったが、 現在では97に減ってしまったという。酒は米の質と、水と、米を何処まで削り落とすかで清酒の質が決まってくる。 「上善酒、水の如し」というが、水の質も大きな味の要素になる。酒は朝日山と、寒梅が良いとか、南魚沼の「緑川」 が美味しいとかの議論が伯仲した。そこからNHKの「天地人」に話題が移行、長岡近郊の与板城主が井伊直弼の4男だったとか、 まあ面白い話題をそれぞれの人が持っているものである。法事も普段に会えない、叔父叔母の連れ添いの親戚などの 色いろの人生を知るチャンスでもある。一人の人生の中には、生きてきた経験と知識が詰まっている。当然のことだが・・ 清酒達人検定試験、来年でも受けてみようか? ・・・・・・・・ 2566, ターニングポイント 2008年04月13日(日) ・世界のターニングポイントは ソ連が崩壊した1991年か、アメリカの9・11テロの起きた2001年か、意見は分かれるだろう。 ・日本は、バブルと、その崩壊の(1986年12月から1991年2月までの4年3か月の)1991年か、 阪神淡路大震災、オウム事件、そしてネット社会の始まりをつげるウィンドウ95の発売で始まる ネット社会の起動の1995年か、これもまた分かれるところである。 世界にとって、ソ連の崩壊と、アメリカのテロによる威信の失墜と弱体化は、同じ位の意味はある。 世界も、日本も、その背景にあるのは、情報化社会の到来によるグローバル化がある。 民族と宗教対立が世界規模で生じてきたのである。そして中国ではオリンピックを契機に大混迷期に入る。 ー以上のことから 「日本はバブルの発生した1986年からウィンドウ95・阪神淡路大震災・オウム教事件の発生した10年間、 世界はソ連崩壊の1991年から2001年の9.11事件の10年間が、ターニングポイントの期間になる」ということになる。 これは20世紀から21世紀への時代の千年単位の変化で、その背景にIT革命などの科学の飛躍的進歩がある。 まさか、ソ連が崩壊するとは思っていなかったし、ニューヨークのアメリカを象徴するビルが二つ瞬時に消滅するなど、 考えられない事件であった。日本では、バブルと、その崩壊、そしてインターネットの普及は大事件である。 20以上あった都銀が、あれよあれよという間に3つに集約され、西武グループも、西武鉄道も解体された。 デパートも、ここにきて4つに集約されようとしているし、ナショナルチェーンも2つに集約された。 ターニングポイントは、10年にわたったが、その余波は政治経済の事象を大きく変え続けている。 それだけ大きな時代の断層は大きいのである。 身近では、僅か3年半で大地震が二度も起きた。 幸い事業には最小限の影響ですんだが、それでも決して甘い状況ではない。 ハッキリいえることは、これで新潟県の エネルギーが10〜15%ダウンした。 その中で、一つ状況への対応を間違えれば事業として即死するしかない。 これは、どの事業も同じことだが。もう一つターニングポイントといえば、今年が大きな変わり目になる。 恐ろしい年と覚悟をしたほうがよい。 特に、後半に政治も経済も大波乱がある。 ・・・・・・・・・ 2007年04月13日(金) 2201, 新幹線乗り越し、6回目 (~Q~;) おはよう?? ファ? 一昨夜、6回目の新幹線の乗り越しをしてしまった。飲み会の帰りの新幹線、燕三条駅まではしっかりしていたが、 その直後、少し寝込んでしまった。そして、目を開けたら長岡駅。鞄を持って走ったが、目の前でドアが無情にも閉った。 またか、と思ったが、最終便の一本前なので何とかなると慣れたもの。そして、無事Uターンした帰ってきた。 4年弱ぶりということになる。HP内検索で「新幹線乗り越し」と入れたら、出てきたのが以下の文章である。 なるほど文章化をしておくのも面白い。 乗り越した「浦佐」の駅員に、「長岡では乗り過ごさないように」 と注意されたり、横にいたホロヨイ気分の人に「頑張ってね!」と励まされたり、シッカリ酔っ払いをしてきた。 いや酔っ払いずれをしているということだ。5年前の湯沢で乗り過ごした時に、やはり乗り過ごした人がいたので、 割り勘で同部屋に泊まったことがある(全く知らない人だった)、その半年後、会社のパソコンに光ファイバーを入れた。 その時のNTTの営業担当が何とその人。 互いにビックリした事があった。 以下は以前の書いたものだ。 ーーー 2003/08/22 5回目の乗り過ごし 昨夜、5回目の新幹線の乗り過ごしをしてしまった、十四年?ぶりである。 コンサルタントの林さんと新潟の沼垂で痛飲、22時16分の最終列車で寝込んでしまった。 気がついた時は既に長岡を通過してしまっていた。仕方がなく浦佐の駅前のビジネスホテルに泊まってきた。 (以下、字数の関係上カット2010年04月13日) ーーーーー 2002/02/10 新幹線の乗り越しー4回! 通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。それぞれに思い出がある。たて続きに3回乗り過ごした。10?15年前で 一番酒を飲んでいた時期であった。初めは湯沢で泊まった。飲んでいた勢いでビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。 (以下、字数の関係上カット2010年04月13日) ・・・・・・ 2006年04月13日(木) 1836, ローマから日本が見えるー1 b(’0’)d おっ (゚Д゚)w ハァよー ー 読書日記 この本は塩野七生が1992年より年に一冊の割合で書いてきた『ローマ人への手紙』のローマ建国から帝国成立までを、 自らダイジェスト版にした本であり、その入門書でもある。 その意味で、解りやすい中味の濃い一冊である。 =まずは、この本の概要をまとめてみる。 ー「なぜローマにこれほどの入れ込みをしたか」ー 著者の塩野七生は「私がローマ人に興味を抱くのは、彼らが人間性に対する幻想を抱かず、ということは、 自分自身に対する幻想を抱くことなく行動していたから」と述べている。イタリアの一地方都市に過ぎなかったローマが、 有史以後最大の帝国にまで成長を遂げ、千年以上(1229年間)に亘って世界を支配した、その原動力は何であったのか。 そして、そのローマ帝国が何故衰退の道を歩んだのか。ローマ史は、歴史の面白さに満ち溢れている。 古代ローマ時代のローマ街道の道端にあるお墓に「これを読む人に告ぐ。健康で人を愛して生きよ。 あなたがここに入るまでのすべての日々を。」 と、書かれていたという。 「幸運の女神は、すべての人にすべてを約束する。と言っても約束が守られたためしはない。 だから一日一日を生きることだ。一時間一時間を生きることだ。何ごとも永遠ではない。生者の世界では。」 「ローマ人の物語」の中の言葉である。人生の全てが、ローマ人の行蔵や言葉の中につまっている。 また、そこで活躍した男達の魅力は計り知れないものがある。 著者がローマに入れ込んでしまうのは自然のことだ。 ーローマ人の改革についてー 「真の改革とは再構築である」「改革とは『過去の否定』ではない」 ーε=ε=ε=(。・ω・)_旦~~ ローマに限らず、どんな国家であれ、どんな時代であれ、改革とはけっして会議で決まるものではない。 一人の指導者が現われ、みずからの信じるところに従って改革を断行しない限り、永遠に体制は変わらない。 そして変わらないで過ごすうちに、国力は衰微する一方になる。しかし、改革はむずかしい。 どんな改革であれ、それによって損をする人たちがかならず現われる。しかし彼らの反対に耳を傾けてしまえばどうなるか。 結局、どんな改革も大幅な修正をされて小幅な改良に終わってしまうのが落ち。したがって改革をやろうとすれば、 結局は力で突破するしかないということになる。カエサルは彼に最終勧告(要するに追放もしくは死刑の宣告)を与えた 元老院を潰すことなく、彼の体制の下に置いた。 ただし、改革も行った。それは従来ローマ市民にしか与えられなかった 元老院議員の資格を属州の人たちにも与えた。彼の大きな改革として私たちが今でも恩恵を受けているのはユリウス暦の制定。 カエサルは様々な改革をわずか2年で成し遂げた。 …(´Д`驚)…!! 改革にはタイミングがポイントとなる。ローマは紀元前390年に北方ケルト族の襲撃であっけなく占領された。 このどん底から這い上がることで真のローマになった。敗因が自分たち自身にあったことを反省し、ローマ独特の共和制を 樹立し政治改革を完成させた。ローマは、その苦境を乗り越えるために、ローマは、自らを改革して行った。 それこそが、ローマが王政から共和制へ、そして帝国へと変わっていった過程なのだという。 「ローマは試行錯誤によって作られた」のである。もちろん改革の時期には改革を阻止しようとする勢力が優勢になり、 後戻りも頻繁にある。しかし、その後戻りも結果的には改革への推進力に切り替えるかたちでローマは自らを成長させて きたことが、本書でも簡潔に示されている。著者はローマが新生ローマになるには20年の年月がかかった。 それだけかかっても改革への取り組みを諦めなかったからこそローマはローマになったと指摘している。 ローマも改革も1日にして成らずである。改革には時間と手間がかかる。既得権益を持つ人達は手放したがらない。 多くの人は改革の手間を惜しみ、まだ大丈夫と思っている内に国家は衰退していく、と指摘。 当時のローマに今日の日本の姿を投射しながら改革の「必要性」とタイミングの「重要性」を説いている。 急激な経済の拡大成長に従来の国内システムが対応できない日本。 その間に業者や特定利益団体が自民党族議員・一部官僚と結託して、利権体質を作りあげた。 現在の日本はその体質改善が求められる。 ーつづく ヾ(^ω^*) バイバイ! ・・・・・・・・ 2005年04月13日(水) 1471, 『冥途のお客』を読む 佐藤愛子著の「霊の話」光文社ーが面白い。 月刊誌の「新潮45」で、数年前に霊体験を連載していた。読んでいて背筋が寒くなるほどリアルで中味の濃いものであった。 文春文庫から[あの世の話]という題名で出版されている。私は27歳時の父親の死の直後、霊体質になった。 最近は、あまり妙なことは起きなくなったが、以前は信じられないような色いろな現象に出くわした。 そのことは随想日記にも何度か書いてきた。 佐藤愛子は30数年前、50歳で霊体質になったというから、 私の方が若くしてなった。ほぼ同時期になる。霊体質になる以前は、こういう話は興味本位で聞いていただけで、 内心は全く信じてなかった。 しかし、自分がなってみると違うのだ。違う感覚器官が、身についたという感覚である。 そのことを、佐藤愛子も書いている。耳の聞こえない人に、音楽の話や、風の音の話をしても何も解るはずがない。 それと同じことである。私の場合は、身近な人の葬式前後に何かが起こる場合が多い。どこどこで、全く知らない霊と 出会うことは少ない。最近は本当に少なくなっている。おそらく仏壇で毎日、亡くなった因縁のあった人の名前を挙げて、 [あの世で静かにお眠りください]と祈っているためだろう。2年位前の、自社ホテルの因縁部屋(初の自殺者出た部屋) に泊まった時の話である。夜半トイレに入ったところ、換気扇が人の鳴き声になっていた。 「今更、そこで亡くなった人が泣いているわけもあるまい」と、気を取り直して、何回もスイッチを入れたところ 人の鳴き声に聞こえる。それも何回も聞きなおしてもである。この部屋で亡くなった、あの女性が出てくるはずがない と思いながら、まんじりとしない一晩を過ごした。翌日事務所に行って暫くすると、私の泊まった前の部屋で「病死のようだが、 人が死んでいた」という報告が入った。あの泣き声は、故人が私に悲しみを伝えたかったのではと?理屈から考えれば 有り得ない話だが、実際信じられない現象が起こるのだ。霊感の強い人は、普通の人が見えないものが見えるのだから大変である。 佐藤愛子の場合、私よりズット霊体質は強い。自分に霊体質が無ければ、こんな内容の本には見向きもしない。 理屈に全く合わないのだから。ー以下は検索で調べた、この本の大筋と感想を書いた内容である。けっこう上手くまとめてある。 ーーー 著者自らの霊体験を告白 (以下、字数の関係上カット2008年04月13日) ・・・・・・・・ 2004年04月13日(火) 1106, 大逆転-ヘビー級の醍醐味 昨夜、ヘビー級の世界タイトルマッチを見ていて驚いた。圧倒的有利のウラジミール・クリチコフが、サウンドバック のように相手選手を攻め立てていた。そして4回に相手選手がダウンをきっし、ノックアウト寸前。 5回はいつダウンをするか 一方的の試合になってしまった。そしてラストの40秒前に、相手のパンチが当たって、最後0秒で劇的大逆転でクリチコフが 負けてしまった。数年に一度見れるかどうかの面白い内容であった。映画の「ロッキー」を見ているようであった。 ヘビー級はこれがあるから面白い!当り前のことだが、見ていないと、その面白さがわかるわけがないが。 9回2アウトからの大逆転のようなものである。最盛期のタイソンが日本でまさかの敗退や、レノックス・ルイスが数年前に 負けるわけのない選手に一発で負けた試合を思い出す。 しかし今回みたいに、サンドバックのように一方的に攻められていた 選手の、劇的な大逆転も珍しい。子供の頃の楽しみは「巨人・大鵬・玉子焼き」ではないが、ごく限られたものであった。 白井やファイティング原田や海老原などの世界戦が思い出に残っている。 それと青年期にはカシアス・クレイ(アリ)とリストン戦や、フォアマン戦が記憶に残っている。 ボクシングも最近以前のように熱心には見なくなってしまった。しかし昨夜の対戦は記憶に残る面白い内容であった。 ・・・・・・・・・・ 2003年04月13日(日) 739, 睡眠時無呼吸症候群 一度だけだが、寝ていて息苦しいので目が覚めてた時に,息するのを忘れていたことに気がついた。 「エッ!」というのが、その時の印象だった。「なんで呼吸を忘れるんだ?」という疑問であった。 「こういうことが実際にあるんだ!」と思った記憶がある。5?6年前の事だった。ところが最近になって無呼吸症候群が問題に なって、初めてなるほどと感じた。それで死んでしまう事ってあるのだろうか?そういえば新幹線の停車ミスの運転手も 無呼吸症候群だった!そこでインターネットで「睡眠時無呼吸症候群」を調べた。 その結果、私のその経験と違う?ので安心をした。 ー睡眠時無呼吸症候群の定義ー 一晩(7時間)の睡眠中に10秒以上の無呼吸が30回以上おこる。または、睡眠1時間あたりの無呼吸数や低呼吸数が5回以上おこる。 (以下、字数の関係上カット2010年04月13日) ・・・・・・・・・・ 2002年04月13日(土) 375, 「テーマ日記」を書き始めて一年 あと一ヶ月でホームページに「テーマ日記」を書き始めて一年になる。旅行を除けば一日も欠かさないで書いた。 何処までやれるか自身との闘いで始めた。あまり苦しい事はなかったが、しかし気をとられたことは事実である。 気がついたら、370以上の文章を書いた事になる。よく書いたものだが、内容はこんなもの。 あと1?2年つづけたら殆ど内面を、いや底を尽くのではないか。その後で底から真水が出てくるのではないか。 今現在もう底を突いているのではとは思えないでもないが。テーマの種が尽き始めた事は事実だ。大した事を考えてない 自分が顕わになった。本気になって第三者を意識して書き出して、プロの文筆家の能力に今更驚かされる。 それで食べているのだから当然といえば当然だが。書くということと、内面で考える事とあまり違いはない。 内面を赤裸々に顕してしまう。毎日書き続け公開していることは、とんでもない事かもしれない。 しかし今更そういう生き方をしてきて(^^ゞ?(;一_一)(+_+)ー恥ずかしいことはない。 後どうしても過去の事考えたことに偏ってしまう。人生の7割生きたのだから仕方ない。自分史そのものだ。 自分史の先取りだが、自分史は早いほどいいという。
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