|
2010年02月10日(水)
去年暮れの週刊朝日に、作家の五木寛之と在日韓国人の政治家カン・サンジュンとの対話 ‘まだ続く「鬱の時代」’が考えさせられた。 「これからはすべての分野が鬱の方向に進んでいく」と、前回の2008年の二人の対談で、そう語った。 そして、リーマンショックが起こり、世界、そして日本は先の見えない不安に覆われている。 ここで二人の対談の要旨を纏めてみると、 ・グリーンスパンが100年に一度の危機といったが、そんなものではない、今起きているのは300年〜500年に一度の恐慌である。 現在の世界を支配しているのはキリスト教的文化圏。その基盤にある人間至上主義からぬけださないと・・・ ー五木寛之 ・我われの社会は、自由であって人は固定化されないのが大原則のはずなのに、現実は格差社会。 この問題は、格差がある ことが問題ではなくて、格差が固定化されていることが問題である。 ー五木 ・2010年を予感してみると、一瞬、小康状態の年になる。嵐の前の静けさです。 でも、その後、暮れから11年にかけて、 二番、三番の、大恐慌、大不安がやってくる。 平安末期から鎌倉への変動のような大変な時代がくるだろう。 戦後の預金封鎖や円の切り替えなどを思い出す。 ー五木 ・こういう不安の時代、人間は「個人」を再発見することになる。 平安期から鎌倉にかけての飢饉のとき、 人々は身分に関係なく、こころの闇を見つめた。 それが一連の現在の宗派の教祖をうんだ。 ・2010年の明るい兆しといえば、いろんな関心の中心点が変わってくる。 これまで医学の辺縁にあった精神科、免疫学、公衆衛生などが中心におかれて、新しい光を浴びることになる。 ・そういう時代の中、「諦める」ことからスタートしなければ。 諦めるは、「明らかに究める」という読み方をする。 今の日本の有り様や自分自身の心や地位を「諦める」ことで、新しいスタートをきる。 ・「人生とは荒涼たるものだ。人間が生きていることは凄惨なものだし、死ぬことは荒涼たるものだ」と 五木は『人間の運命』で書いている。 ただ、そこを超えると、光が見えてくると! == 以上だが、二人とも暗い性格でマイナーになるが、こういう鬱の時代だからこそ彼等の見方も必要になる。 どうみても、現象面では21世紀に入ってから変であるのは周知のこと。 最後の打撃だった9・11テロと、リーマンショックで、これまでの価値観を根底から破壊してしまった。 ソ連が破壊した時は、700年来のロシアそのものが崩壊したとの見方があった。 それに続いた欧米資本主義の崩壊は、世界にとっても日本にとっても、近代資本主義=欧米主義の 終焉と五木は言うのである。その辺のところを押さえてないと、目先の楽観論に惑わされる。
・・・・・・・・ 2009年02月10日(火) 「強欲資本主義ウォール街の自爆」神谷英樹著 ー読書日記 投資銀行家として24年間、ウォール街の現場で「アメリカ型資本主義」の有り様を見た批判の書。 内幕暴露モノ的で面白い内容である。 アメリカの金融街、特に巨大投資銀行の貪欲な人たちの、 異常な資本主義の実態を暴いている。 そして米国民の過剰消費という「悲しさ」「欲深さ」を指摘している。 アメリカの金融が収益全体の4割を占めてしまった。 その先頭を走り続けたウォール街の暴走と自爆が、 今回の恐慌を生み出したのである。アメリカの社会と人間の劣化をどう立て直すかを問いかけられたのが金融危機。 暴走を食い止めるためにルールの根本的修正が必要である。 ーまずは印象に残った部分を抜粋するー ・「悪いのはアメリカンスタンダード、ウォール街の強欲である」 ・「今日の儲けは僕のもの、明日の損は君のもの」 ハイリスク・ハイリターンのビジネスを行い、成功報酬はしっかり もらうが、巨額の損失がでたら無関心。失敗したら、尻拭いは国民の税金任せというモラルの無いのがウォール街の実態。 ・「モノ作り」ができなくなったアメリカが「金融立国」を目指し、成功したかに見えたが、 行き着いた先は、顧客に目を向けず、数字と戦う強欲な人間たちが金を集めるだけの世界。 その結果、1929年の大恐慌以来といわれる悪夢が金融界を襲っている。 ・「世界一極支配のアメリカ中心世界感」が崩壊し始めた。 ・ 市民の消費三昧主義、今借金して楽しんで(消費して)、負債は先延ばしの生き方に走る市民。 ・「金融マンは実業を営む方たちの脇役に徹するべき」。 「主役である実業を営む方たちの事業構築を助けるのが金融本来の仕事のあり方であり、それこそが身分相応。」 しかしファンド・マネージャーに興味があるのは、『株主の利益』と『自分の収入』だけである。 ・トップラインとボトムラインの間にある項目をいかに圧縮するか熱心に取り組むだけである。 「給料を減らす。社員を減らす。仕入先を泣かす。最大限に借り入れてレバレッジを効かし、 支払い金利を膨らませ、税金は極力圧縮する。かれらにとっては、これこそが経営の神髄となる」 ・アメリカをはじめとする先進諸国、そして世界。借金と消費ならず浪費社会、浪費に頼った成長政策。 「借りた金で今日を愉しむ」「借りた金で投機する」 「ノンリコースで借りた金は、返せなくなったら担保物権の鍵を渡せば終わり」それを法律で認めてしまった。 ・資本主義の行き着いた先が金融市場の国有化とは何たる皮肉であろうか ・日本もアメリカも、経済社会がバブルにまみれ、強欲と拝金に席捲されたときに、人の心から大事なものが 失われてしまった。 何でもデジタル志向で、「0か1」しかない。その中間が配慮できない。 −− 以上が、印象に残ったところである。「『自由も、放任すると、こうなる』という歴史的汚点として、 ブッシュから遡ってレーガンまでの大統領の各々がたが、残る」と思うと何とも不思議な気持ちになる。 特にブッシュ親子は歴史上最低の 指導者として数千年も弾劾される。 哀れといえば哀れ。 ・・・・・・・・・・ 2008年02月10日(日) 2503, 閑話小題 *長岡の呑み助から見た夜の世界 毎週のように不景気の実態の話をしているが、地方経済の衰弱ぶりは生々しい。 一昨夜は、中学の同期の女性のスナックに入ったら、今月で27年間の店を閉店するとか。 スナックの中では名前は知れわたっている店で、2年に一度位、合計7〜8回はいっていた。 あまり詳しい話は聞けなかったが、営業不振であろう。長岡は全国でも、最悪の(不景気の)要素が重なった地域。 その一番影響を受けるのが夜の世界である。行くたびに、何処かが閉店したという話ばかりである。 昨夜も散歩をしていたら、何度か入ったことのある居酒屋が店を閉じていた。 *大相撲の国技の意味 「大相撲の『国技』は、何となく言っているだけで実際の法律があるわけではない」という。 ただ厚生省の何とかで税金が取られない特典があるようだが。昔ながらの体質が残っており、あくまで部屋単位で 独立しているため、それぞれの部屋内の暴力沙汰まで責任を問うこと自体が無理がある。それにしても、 今回のリンチ殺人事件は、凄惨である。 大鵬が日経新聞の「私の履歴書」に書いていたシゴキは、リンチそのもの。 (字数の関係でカット 2010年02月10日) ・・・・・・・・・ 2007年02月10日(土) 2139, 白い雲に乗って 夜半に幻想的な夢をみた。 小さな白い雲があった。それに乗ると、ふかふか浮いて異次元の世界に引き込まれてしまった。 そこは4歳の頃の世界におりたようだ。すべてが鮮明な蘇った当時の世界が浮かび上がってきた。両親がいて、兄達と姉達、 そして多くの従業員がいた。そこは越後長岡の十字路のど真ん中にある当時の私にとって大きなビルの中。 一階が店、二階に事務所と倉庫があり、三階に家族の住まいと台所、 四階には従業員と姉達の部屋があった。白銀に輝くファンタジーの中に包まれていた。 三階の住まいに猿のタロー、そしてタマという茶色の猫がいて、そこでラジオから童謡とか歌謡曲が聞こえていた。 店には若い女店員が多くいて、ぼくを「ハッちゃん」と頭を撫ぜてくれている、正に当時の真っ只中にいた。 コロという生まれたばかりの白黒の小犬を運一・兄が拾ってきた。そして三毛猫のタマとコロがジャレている。 その空間には何時も緊張感がただよっていた。燕が飛んできて窓に当たって死んでしまった。初めて死をみた瞬間だ。 いやに首の下の赤い色が印象的だ。そこを出たところには大きな通りがあり、多くの人が歩いている。 小さな三輪車で駅の方に行くと右手に小さな公園があり、その脇に池があり小さなスイッカスが水上を泳いでいた。 そうだ、ここは公会堂の裏にある小さな山の上に神社が祭ってある公園である。周りを見渡すと植木の展示会が開かれていた、 多く鉢がところ狭しと並んでいる。その先に大きい広場があった。それは阪之上学校の運動場。 何時も遊んでいる近所の子がいたので声をかけると、スーと消えた。 夢をみているのだろうか? いや夢のはずがない。ぼくは間違いなく、ここにいる! ズットここにいるのだ。 何で、ぼくは、ズ~ットここにいるのだろうか? 忘れたが何か遠い遠い旅をしてきたようだ。 何の旅だったのだろうか、僕はどこにいってきたのだろうか? そこで、無性に悲しくなり大声で泣いてしまった。泣いても泣いても、あの遠くのズット向こうの世界は戻れない! ぼくはもう、あの遠い世界には返れないのだろうか?ふと脇をみると小さなコロが悲しそうな顔をして、ぼくをみていた。 でも、コロがいたので安心をして三輪車を引っ張りながら家路についた。 両親は忙しそうに働いている。その横で姉達は今度法事で着る洋服を試着して笑っている。 その後に夕飯の時間がきて、丁度みんなで食べようとしていた。 父チャンがいて、ぼくもふくめて子供達が8人が勢揃いをしてご飯を食べた。 外がいやに賑わしいのでみると、長岡祭りの山車が次々と通っている。 三階の窓から手を振ると、屋台の上から男の人が笑いながら手を振り返した。 何かそれをみていたら、嬉しくてケラケラ笑ってしまった。 しばらくすると父親が今日の売り上げを持って、下にある店から上がってきた。 札を十枚ずつ数えて束にまとめて小さな金庫に入れている。嬉しそうな顔をしている。 何か自分が白い雲の中で浮いているような感じがしている。ふと目が醒めると、隣に両親が寝ていた。 あ〜ぼくは、一人ではないんだ!よかったと独り言をいっていた。 ここは間違いなく大手通の世界である。どうして、ぼくはここにいるのだろう! それにしても、それにしても、どうして浮いているのだろうか? というところで、目が覚めてしまった。幻想的な遥か彼方の遠い記憶の世界に舞い戻っていたのだ。 ・・・・・・・・ 2006年02月10日(金) 1774, 年金の話ー3 (o´・ェ・`o)♪。o.+゜。 *ぉはょぅ 一昨日、 「60代前半のオーナーの中小企業経営者のための在職老齢年金活用法」というセミナーが、 新潟商工会議所でおこなわれた。(アクサ生命主催) ー会社が社長に損金で落ちる生保をかけて年ごとに損金で落として、定年時に返金をして退職金にすれば 税金の退職金特典で非常に有利になる。が、このセミナーの要点であった。 ε=ε=ε=(。・ω・)_旦~~ オマタセー 私も一昨年から始めていたが、もっと前から始めておけばよかったと、後悔している。 在職30年で、3000万退職金のケースで税金が6?、5000万で11?、1500万でゼロというから、 給与を10万〜半額にして減らした分を生命保険の掛け金にしたほうが有利である!という理屈が成り立つ。 零細・中小企業の場合、自助努力で退職金を用意すべし!と、強調していたが、その通りである。 損金で落とせるのは会社に利益が出ているのが前提。しかしセミナーでは、それには触れてなかった。(つД`)もぉネムイ このセミナーで特徴的なのは、60歳前半の中小企業経営者に絞ってあることだ。それも、黒字という前提が必要である。 また30人限定も、過去の経験則があるのだろう。その名簿を何処で集めたのか?恐らく商工会議所の名簿から調べたのだろうが。 モデルが60歳で、私の年齢と同じ、収入もほぼ同じであったから、非常に参考になった。 私の場合、あと三年経ったら給与を10万円まで落として、厚生年金を眼一杯貰うのが最も合理的のようだ。 そして可能な限り保険にはいるのがよいが、 ただ・・ ヾ[・c_,-●]バィ ・・・・・・・ 2005年02月10日(木) 1409, 私の見たW杯サッカー北朝鮮戦 昨夜の北朝鮮戦を私が書くと・・ 北朝鮮軍人部隊サッカーチームと全日本選抜混成サッカーチームとの闘いであった。 (字数の関係でカット 2010年02月10日) ・・・・・・・・ 2004年02月10日(火) 1042, 随筆はプロが書くもの! −2 「文章術の千本ノック」 −読書日記ー2 この要点を目次に書き込みながらまとめてみる。品格もあるようだから、心して文章を書かなくてはならない。 (ー>が要約である) 序ー文字を惜しめ −>お金と文章はケチなほど良い.その為には最小限に書く心がけが必要だ。 書き直しと添削を繰り返すことが重要である。文章は明らかに芸術的な営為である。 簡単なデッサンではない。 1−文章の第一要件は[客観性」にありー ー>客観的な「批判」というプロセスを通過したものでないと、他人が読む場合には 耐えられない。エッセイは常に書こうとする「外」にいて、外からこの「世界」を 描写するのをエッセイとはいわない。 エッセイは一度内側から書いて、それを外側の眼で眺めかえさなくてはならない。 エッセイ(随想)と随筆は、明らかに違う。エッセイは、一言で言うと「論理的文章」と定義したらいい。 論理のない文章はエッセイではない。見てきたこと、生きてきていてこう思うとか、文化論だとか、 その中にある論理を読んでもらうのがエッセイである。「随筆ってものは素人が書くものではないと思います。」 「これが天下の真実というもので、功なり名を遂げたプロの作家が、趣味で書くものです。 あるいは松平定信のようなお殿様が、日ごろの生活の中で心に浮かぶ『よしなごと』をぼつぼつと 書き付けたというものが随筆であって、これはよほど文章力があるとか、その人の人生が面白いとか、 その人の観察力が鋭いとか、描写力が秀逸だとか、そういう経験と筆力が物を言う世界なんです、随筆は。」 随筆は論理性より、プロがつれずれに書くもので論理性は逆に求められない。 2−エッセイと観察ー エッセイにはまずテーマがなくてはならない。そのテーマをどういうふうに論理を展開するかが エッセイの一番の醍醐味になる。 エッセイは「あ、おもしろい」と思う切り口が必要である。 我々は多くのものを雑にしか見ていない。団子だったら団子という概念でしか見ていない。 その団子を取り上げて面白おかしく描写をするのがエッセイである。 人が見ないところまでよく観察して、人が読んでくれるような文章にするのがエッセイ。 3−論旨の方法ー 論述には、難しくいえば帰納法と演繹法がある。 結論をまず出して、その要素を面白おかしく書く演繹法的手法と、 謎を残しながらプロセスで引っ張りながら、最後にひねった内容にする手法がある。 私の場合は両方を使うことを心がけているが。最後にヒネリを入れたニヤと笑わす手法。 これは自然に出てくる? いや性格か? 4−文体の問題ー 文体には敬体と常体とある。 敬体とは「です・ます」調と言われています。 常体とは「だ・である」調と言われている。 何もいわないと男性は常体で書く。 敬体は形容詞がつかいにくくなる。 従ってエッセイは常体で書くのは当然のことである。 5−テーマと寸法ー テーマにも、大きいテーマ、小さなテーマがある。 テーマが小さければサイズを小さくしなくてはならない。 大きなテーマは長い文章になってしまう。 小さなテーマを小粋にまとめるのが随想の醍醐味である。 ー続く ・・・・・・・・・ 2003年02月10日(月) 677, イヤなやつ (字数の関係でカット 2009年02月10日) ・・・・・・・・ 2002年02月10日(日) 327,新幹線の乗り越しー4回! 通勤22年間に乗り過ごしの経験が4回ある。それぞれに思い出がある。 たて続きに3回乗り過ごした。いまから10〜15年前で一番酒を飲んでいた時期であった。初めは湯沢で泊まった。 飲んでいた勢いで、ビジネスホテルの近くのスナックに飲みに出た。10時半過ぎであった。 大きい猫がいて手を噛まれた!中年のママさんがいた。湯沢の情緒が漂っていた! その次は浦佐駅であった。やはり乗り過ごした2人と話し合い「割りかん」で帰ってきた。 長岡駅と思い歩いていて,何かが違うのでよく駅名を見ると[浦佐]であった。 3回目は本を読んでいて、夢中になりすぎて乗り過ごした。折り返しの新幹線で帰ってきた。 5年位前の乗り過ごしが面白かった。ウソみたいな本当の話である。正月の3日か4日であった。 乗り過ごした私と同年代の人と駅の改札で話し合い、どこかのホテルのツインを割り勘で泊まることにした。 そして近くのビジネスホテルで、乗り過ごしの事情をいい「値引を交渉!」 「自分には値引きの権限が無い,駄目!」酔っていて滅茶苦茶!面白くないので、そのまま出て歩いていた。 たまたま向こうから60歳すぎのの人と、40歳後半の男の人が歩いてきた。 事情を話し、「もっと安いホテルが無いか?」と聞いたら、ちょっと待てと電話をしてくれた。 そして安くしてくれるホテルがあるといいう。助かったと思い感謝しつつ後をついていくと、 何と初め値段交渉をしたホテルであった。そしてその若い方がその社長であった。 そして飲みに行こうという。それならばこちらも乗りかかった船、その連れと付き合うこととなった。 但し値引いた分の金額を出せという。それは当然のこと二人で出した。その後、湯沢で一番の 高級のクラブで2時間、正月という事もあって大騒ぎ。ー後で知人に話したら、そのスナックを知っていたー 次の日4時間だけ寝て一番の新幹線で帰ってきた。だんだん恥のさらけ出し?「気違い水ー酒」を飲んだドラマが色いろある。 ・・・・・・・・ 2月10日 1969年 昨夜のショックで助手の横浜さんと会って話をする。自分の底の浅さを赤裸々に話すが、段は厳しい事をいう人が 優しいのだ。誰もが持っている底を曝け出したことに理解をしたのだろう。たまたま会った深井にも話すが彼も同じ反応だ。 この時期に誰もが持っていることでしかないのか。動揺をしているだけだ。それぞれが、この時期精一杯なのだ。得たことより、 得れなかったことに眼がいっているだけだ。今日池袋駅で見た出来事が印象的であった。階段を手探りをしながら上っていた 盲人に女の人が手助けをしようとするが、拒否をしたのだ。見ていると、誰の手も借りずに歩くことを自分に課しているようだ。 その内面がそのまま出ているようだった。いまの自分に、あの姿が必要である。
|
|
|