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2009年10月28日(水)
去年の9・15のリーマンショックは世界経済に大激震を与えた。 世界各国は、この一年間、その影響を最小限度に 抑えるために可能な限りの資金を投入。それで表面的には平静を保っているが、それは目先の応急処置でしかない。 日本の失われた10年、20年と同じような停滞をもたらす杞憂があるというのも、今更だが、どうも分かってないのが多い。 ジム・ロジャーズのインタビューを数ヶ月ぶりに目にした。 当たり前のこととはいえ、彼が言うから説得力になる。 ーまず、その内容をコピーしてみるー 聞きたい: 米国人著名投資家、ジム・ロジャーズ氏 【聞き手・工藤昭久、田畑悦郎】 著名米国人投資家のジム・ロジャーズ氏は26日、毎日新聞のインタビューに対し、リーマン・ショック後の世界経済について 「問題は解決されておらず、危機が再燃する恐れがある」と警告した。日本経済の先行きについては、財政赤字の拡大に懸念を示した。 ◇「経済危機、再燃も」 −−金融危機から1年余りが経過し、世界経済は回復の動きも出ています。 ◆各国の政府が大量にお金を使ったおかげで改善しているように見えるだけだ。自律的な回復ではなく危機が去ったとは言えない。 米国経済は消費が低迷し、問題解決のために政府は借金を重ね、一時的な雇用対策などに重点を置いている。産業の競争力の 向上にはつながらず、問題を先送りしている。「失われた10年」、いや「20年」に突入したかもしれない。 一方、中国政府は競争力をつけるような分野に投資しており、米国との差が鮮明になっている。 −−日本の政権交代が経済に及ぼす影響をどう見ますか? ◆政府は「未来は明るい」と言うもの。ただ、私自身は投資について政府のアドバイスを受けないことにしている。 政権交代があれば、恩恵を受けるところとそうでないところが出る。日本の新政権は出生率を上げる政策に力を入れるので 子育て関連の企業は恩恵を受けるが、公共事業削減を目指しているため建設業のような企業は先行き厳しいのではないか。 −−日本に対する投資スタンスは? ◆次の10年を見通すとアメリカに比べると債権国の日本の方が期待できる。私も日本円は保有している。 最近は円高傾向にあり、円はまだ上昇するはず。ただ、日本は少子高齢化に直面しているうえ、巨額の財政赤字を抱えているため、 将来的に円を手放さなければならない時期が来るかもしれない。日本の国債は投資への意欲をなくすような低金利だから保有しない。 −−関心を持つ投資先は? ◆貴金属や農産物などの商品相場だ。商品は新興国を中心とした需要の増大に対する供給が追いついておらず、高騰している。 今後も堅調に価格が上昇すると見込まれるため、今後も商品に投資していく。 ーー サブプライム・ローンを混入した債権は世界中の金融機関や企業内の資金運用部門に秘かに眠っている。 それが何時、表面化するか、その時が大恐慌のキッカケになる。 ただ引き延ばしているだけでしかない。 だから世界の20ケ国が顔を突き合わせて、対策を考えているが、世界の金融機関の一せい閉鎖をする位の荒治療が必要だが、 それは無理である。だから、失われた10年~20年になるしかないのである。 以前なら世界戦争で、一度清算という手があった。
・・・・・・・・・ 2763, 閑話小題 2008年10月28日(火) *金融危機が止まらない 9月半ばから始った金融危機、予想通り恐慌の様相を呈してきた。その時点で、この随想日記で「世界恐慌に入ったようだ」 と書いた。他の人は如何であれ、そう信じて状況をみると、恐慌の発火に思えたからである。 何人かの知人に、 「これは既に恐慌だ!と思い込んで世界の状況を見ると、見えないことが見えてくる」と、言ってきた。 そして、あれよあれよと、一万、9千、8千、そして5年半前の7607円割れを先週末にしたと思ったら、 昨日は7162円でひけた。この数字は、26年ぶりの最安値。 あと少しで7000円割れになるところだ。 大方の経済評論家は7000円が底値とみているが、近々に6000円前半もあるかもしれない。この上に円だけが独歩高。 輸出立国の日本はダブルパンチになる。年末から来年にかけて体力のない企業から倒産が始る。 不動産、建築関連、 そして中小金融機関辺りからか。それだけではない、大手銀行も痛んでいて、五千億〜一兆円の増資をするとか、 銀行保有の株式を政府が買取るとか、何でも有りになってきた。世界に目を転じれば、アイスランドに続き、フィリッピン、 ブラジル、そしてロシアと、株式市場の閉鎖などの金融危機が切羽詰ってきた。 世界の株式市場の時価が一年前の半額の三千兆円が消失、それがさらに実体経済を凍りつけている。 11月の15日に、G8と、中国・インドなど新興国が緊急に集まるというが、 そこで何が決定されるのだろう? 最近、グリンスパンなどが、これは世界を覆う大津波といっていた。 先月半ばの一連の金融危機は私の人生で一番の世界的な大事件と、何度も書いてきた。 この恐ろしさは、短期的に収まるような問題ではない。アメリカが世界中に毒をばら撒いてしまったのである。 それもタチの悪い、簡単に回収できない毒。 その中で、ただ生き抜くしかない時代になってしまった。 ーー *WBCの監督問題 面白いから、WBCの監督に誰がよいか頭の体操をしてみる。北京オリンピックで現役監督から遠ざかっていた星野は 難しかったのは、誰の目にも明らかだった。そのことを本人は自覚していると思いきや、どうも最近の彼の言動からして 違うようだ。やはり優勝チームの監督がやるのが自然だろう。エネルギーを使い切るためにハンデキャップになるので 腰が引けるようだが、決まっていれば割り切れる。しかし早々に西武ライオンズの監督が辞退の意向発言をしたため、 原監督に依頼があったようだ。前回のWBCは異常な雰囲気の中で奇跡的に勝っただけ、今度はアメリカもキューバも 本気になってくるから、惨敗を覚悟をすべきである。その意味で、少し嫌われても、今回だけは辞退するのが最善だろう。 特に原監督は、監督としては首を傾げる場面が多すぎる人物。惨敗をして袋叩きは、火をみるより明らかな姿。 読売のトップの命令だろうが、気の毒といえ気の毒な役回りである。
・・・・・・・・・・ 2007年10月28日(日) 2399, 世間に踊らされた「悪役」 オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 荻野アンナが読売新聞に『亀田一家の問題』を軽妙に書いていた。彼女は現在、慶応の教授をしているが、 よくTVで見かける人である。ジョークのセンスがよいので、なかなか話が面白い。亀田の親父は面白いといえば面白い。 チンピラの後ろには親チンピラがいるもの、それよりヒール(悪役)を演じる一家4人の姿は劇画的で、コミックだった。 おそらく一家して、コミックしか本は読んでなかったのだろう。 虚構が暴露してしまえば、もう存在価値がなくなり 商品価値は暴落をした。 4人の子供を置いて出た母親は、どんな気持ちで彼らを見ているのだろう。 親父の暗い、攻撃的な姿がウラ悲しい。彼女はボクシングジムに通っていてライセンスを持っているため、 なかなか熱が入っている。 ーまずは、その彼女のレポートから ーーー 亀田(次男)の試合は初めてで、彼の愛称が「ナニワの弁慶」と知らなかった。私は金髪の弁慶姿で花道を練り歩く 大毅にコケた。この段階で、明らかにジャンルが違う。寿司屋で握りを頼んだらステーキが出てきた、という感じ。 試合は内藤がボクシング、亀田が「亀田スタイル」で、2人の動きはバラバラだった。 ボクシングの基本は、フトワーク・ジャブ・ストレート。「亀田スタイル」は、がぶり寄り・頭突・フック&目つぶし。 最終ラウンドは亀田はスープレックス(プロレス技す)をキメた。 (以下字数の関係でカット2008年10月28日) ヾ(TωT)Byeヾ(TωT)Bye ・・・・・・・・・ 2006年10月28日(土) 2034, 躁鬱病について −2 おはよ〜!(*^ワ^*)i ~O~)ふぁ・・ 鬱病経験者といえば、アナウンサーの小川宏と、俳優の高島忠男、作家の北杜夫などが知られている。 彼らの体験記を読んでみると、その病状はすざましい。ストレスによる睡眠不足が大かたの原因だが、 躁からの反動の鬱も山(躁)が高い分だけ谷(欝)も深くなる。「うつ病」の定義は世界中どこも同じである。 倦怠感、不眠症、食欲不振、体重の減少、焦燥感、興味の喪失、自殺の願望、集中力の欠如、嫌悪感などが 5つ以上あると鬱病といわれる。人間は誰もが、このうち2〜3つは持っているものだが・・。 どういう訳か私には一つも無い。普通の生活をおくっていれば無いはずだが・・・ こういうのが一番危ないのかも知れない。最近は治療は比較的簡単になって、薬を中心とした治療で、 8割以上の人が2-3週間 で回復するという。殆どの人が治療さえすれば、うつ病は大した病気ではないことになる 。 ただ問題なのが、うつ病の半分以上が治療を受けていないことだという。 うつ病になりやすいのは真面目で責任感の強い人が多く、自分の問題は自分で解決しようという 傾向が強いのもその一つ。 周囲の人も、心の問題は医療の対象ではないと考えてしまうので、 治療が遅れたり、病状が進行してしまうケースが多い。義?がうつ病にかかった時に、一晩で治ったことがあった。 不動産のトラブルを抱えていたので、あるコンサルタントを紹介して、その問題を全て一任して貰った。 ところが驚くなかれ、その翌日「うつ病は全快しました」との連絡が入った。 一年近く鬱々として半病人状態になり、私に「会社を引き継いで欲しい」と、頼まれたが、一晩で治ってしまうのだから・・ その義?も亡くなって10年近くになる。心もからだと同じく病気になる。早く医者に行って直すのが一番だろうが、 行きづらいのも確かである。アメリカなどカウンセラーがいて、悩みなどを聞きながら治療する。 日本では、まだなじみが少ない。新興宗教が「おいで、おいで」と待っている。 それと癒しとかいう商売もはびこるのだ。 「癒し」か、今度書いてみよう。 人間の心は、そんなに強いものではない、常に手入れをしてないと、肌と同じで荒れてくる。 言葉、言葉。日常使っている言葉に気をつけろということだろう。 毎朝、モーニングページに幾つかの言葉を写経のように書き続けているが、それでも荒れてくる! カサカサの暗い顔をしたのが、同じ場所に集まる! 癒し?をもとめて。また検索で「自殺」とでも入れれば真っ暗な世界が出現する。 ーつづく (+>∀<+)ノ サイナラ! ・・・・・・・・・ 2005年10月28日(金) 1669, おい、どうすんだ、定年後!−3
葬式に参列した故人の写真に自分の姿をイメージをして、 そこから「故人としての自分から、生前の自分への言葉」 とは、こんなものだろう。 心の底の真実の声である? 背後から迫ってくる自分の声でる。 ーー おい、何やってんだ!まだ娑婆の縛りに囚われているのか? この写真に入ってしまえば解ることだが、好きなことを可能なかぎり求めるとよい! 死んでしまえば、無である。お前なんぞ、一年もしないうちに忘れ去られるのだ。 いや数ヶ月だ。 好きなことを早く見つけろ! そして、それをさっさと一つずつやれ!何を、ためらっているのだ! 今夜、美味いものを食べろ! といっているのではない。 死ぬのは何時か解らないから、したいことを見つけろ! といっているのだ。俺は、実際にこんなに早く死ぬとは思っていなかった!そして、やり残したことに後悔しているのだ。 だから後悔する生き方をするな! といいたいのだ。呆けっとしている周囲の顔など見るな! 自分の内面を見ろ! 色いろなことに、もっと目を向けろ、せっかく地球にいるのだから! この奇妙な惑星を自分の目でもっと見ろ、 そして多くのことを経験しろ!葬式の写真に入った今、あれもこれも経験しておけばよかったと後悔しているのだ! 人の評価など、どうでもよいことだ、とにかく生きろ!生きろ!そして活きろ! 未知に向かってどんどん歩け!それしか人生はないのだ!その為には、俺の言葉を真剣に聴け!生きているうちだぞ、 娑婆は! 呆けに惑わされるな! いや、お前が呆けているのだ! それにに気がつけばよいのだ。 自由になれ、その壁に気がついてないのか! ーー 自分の潜在からの声が、死者たちからの声に聞こえてきた。{メメント・モリ}ー死をおもえ、ということか。 ・・・・・・・ 2004年10月28日(木) 1304, まさか、地元で大地震!−5
昨日の、余震には驚いた。震度4以上の余震がいつまでも続いているのが、中越地震の特徴だ。 今年の台風と一緒で、そのしつこさは今までなかったことである。世界規模で起こっている異常気象の一つの現象であろう。 それと、余震の中のレスキュー隊による、奇跡の行方不明の母子の救済のTV中継も迫真であった。 二歳の幼児一人だが助かったが、母親の愛情の結果であろう。何か私たちに解からない人間の深い何かがあるのだろう。 不可思議としか思えない、奇跡である。今回の地震は新幹線の脱線、奇跡に近い子供の救出劇、大きな余震が異常に 続いていること、長岡市の4分の1が避難所にいること、そして、身近で起きていることが特徴である。 ところで昨夜、夕食のため長岡駅前の居酒屋に行った。長岡駅はニュースで言っていたとおり閉鎖されていた。 駅前の店は殆ど休業をしていたが、全国チェーンの店が数軒開いていた。プロパンガスを使っているので営業が出来たのだろう。 6時前だが、ほぼ満席であった。私たちの両側の席は、やはり応援部隊の人たちであった。 その帰り、避難所になっている阪の上小学校を覗いてみたが、近所の人がいた。館内放送で「配給は、おにぎり一個に、 飲料ボトル一個、それに子供にミタラシ団子一個の配給だけになります」といっていた。 昨日も、刺激的な一日であった。 今日は、新潟行きに再挑戦だ。 ー日常の「生もの」を書いている日記のコーナー 「バードウォッチング」の数日分を以下にコピーしておきます。 ーーー−−− メルクマール 10月27日 (以下字数の関係でカット2009年10月28日) ーーーーーーーー メルクマール 10月26日 (以下字数の関係でカット2009年10月28日) ーーーーーーーー メルクマール 堀井 10月25日 (以下字数の関係でカット2009年10月28日) ーーーーーーー メルクマール 堀井 10月24日 (以下字数の関係でカット2008年10月28日) ・・・・・・・ 2003年10月28日(火) 937, ダイエー優勝 字数の関係でカット(2007年10月28日) ・・・・・・・ 563、一点集中主義 2002年10月28日(月) 人生の体験の中で私が得た最大の教訓がこれだ。 若いときより知っていたらヨリ豊かな人生を過ごせたのにと今更思うが。 イロイロの挫折の中で自分の能力の限界を思い知らされていたから、戦略的にしか生きる道はない事は知っていたが、 その要諦が一点集中であった。人間の能力とレンズは似ている。太陽から、人間から、歴史から、エネルギーを集め一点に集中する。 その為には自分が虫眼鏡のレンズになる事だ。レンズは濁っていては駄目だ。 常にきれいな磨かれた状態でなくてはならない。 その意味で「自分が神になる」といってよい。 それと一点に集中すべき対象の選定だ。これに近い言葉に一点豪華主義がある。 集中していれば自然にこれになってしまう。私の場合は秘境旅行だ。今はこの随想テーマ日記だ。 それにウオーキングに読書にあと???だ。 一点集中は言葉では簡単に思えるが、実際は大変である。 捨てるべきものをドンドン創らなくてはならないからだ。 そうそう集中できるものではない。 事業では[シングルルームのデスカウント]である。それも新潟駅前の花園地区。4棟に分散をしたのが甘さで残っている。 他に学生服やカラオケはエネルギーの分散であった。百貨店のソゴウのように駅前に超大型店をつくり、その大きさが限界を超えて しまった失敗の例もある。 ロスだけで済まないのが分散である。 主体のチャンスロスが一番のロスになる。 若い時から自分の無能を自覚していたから、集中しかないのはすんなりと受け入れる事ができた。 一点集中のポイントは、一点に向かいその真正面から中心点に総てのエネルギーを集中する事である。 自分そのものがその中心点になる事である。それが正中心一点無である。いま一つがこれを継続する事でであるが、これは今度書く。
・・・・・・・・ [201] 霊体質ー1 2001年10月28日 作家の佐藤愛子が月刊誌の「新潮45」に連載で、霊体質に52歳になってしまった体験を書いている。 図書館でトビトビ読んでいるので全て読んだわけでないが、今まで8回シリーズになっている。 その連載はまだ続いているが面白い。北海道で買った別荘に霊がついており、そこでかなり激しい霊現象が起こるそうだ。 それがさすが作家、きめ細かく書かれている。 実際経験したことのない人にとって、考えられない妄想にしか思えない。 私も父の死の直後から起きた怪現象から、霊体質になった。 (後で昔書いたその時の文章のコピーを貼り付け) この10年は元に戻り、ほとんど身辺でなくなったが、私の27歳の時だった。約20年はその体質だったことになる。 かなり共通の部分があるが、家付きの霊というところが違う。それと私の場合、身体から自分の霊が抜け対する ところが彼女にはない。同じところは、ラップが聞こえたり、動物の何かが被さってくるところだ。 それが起こるまでは全く信じてなかった。 ーつづく ーーーー H0407霊的体験 ー見聞皆師より 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。死後一週間後に妙な夢をみた。 私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。 そして夢よりさめた時の妙な気持。 私自身父になってしまった。 いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が自身実感できたのだと思う。 それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。 恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。 と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。 そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 最近は少なくなったが、それから幽体離脱とか、 妙な霊的体験が多くなった。 佐藤愛子ではないが「霊体質」になってしまったのだろう。
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