2009年06月12日(金)
「世界は感情で動く」 マッテオ・モッテルリーニ著 ー読書日記
* 一ドル競りゲームから見えてくること
ゲームで、「1ドルの競りゲーム」がある。 小人数のパーティの余興に面白いというが、 そのゲームの中に、深い示唆が含まれている。 もちろん、三人以上が参加するようにしておいて、 1人に50セントまで値段がつくまで買いにまわってもらえばなお良い。 このゲームでは、最後に競り負けた人が、 その金額を払わなければならないルールを前もって言っておく。5、10セントから始って、15、20、そして30セントと。 そして50セントで、頼んでいた人は降りてもらってよい。 競り人は、そこで二人から50セントずつ貰えるから、 元は取れる。 しかし1ドルを越えたところで、二人とも1ドルを失いたくないため、1ドルを越えても、 どんどん競りあがっていく。3倍の3ドルとか4ドルに。 そしてどちらも競ってせり上げた分の損をする。 最後に勝ったほうも、大損をしてしまう。 少し酒が入っていたほうが、冷静さを失うので効果がある。 実のところ、これと同じことを我われはしているのである。 事業や商売でも、株でも同じである。 コンコルドという超高速旅客機が、そうだった。 完成させたがよいが、どこからみても採算が合わない上に、 大きな危険が伴うことが分かったが、それまで開発してきたエネルギーと資金からみて、中断できなくなった。 しかし、その結果として、事故があり、大赤字を重ねた上に止めざるを得なくなったのである。 株で見切りが出来ないのと同じである。 このゲームは、剥き出しの一ドルを、競っても理性を失うのである。 株屋の本質は、これである。 巧妙に仕掛けて競り上げる。 ところで、百戦錬磨の女が自分を売りつける時も似たようなものか? 相手を多く集めて競って売りつける。 買わされた方は、一生棒をふる。 何か何処かで見たような? 誰かが似たような経験をしている?ような!
・・・・・・・・・ 2626, 世界バブル経済終わりの始まり ー1 2008年06月12日(木) (。・∀・)ノ゛おっは? ー読書日記ー 「世界バブル経済終わりの始まり」 松藤民輔著
一年前に発刊された本だが、現在の状況を、見事当てている。 バブル時期には著者は日興証券、 メルリリンチ、ソロモン・ブラザーズなどで年収2億円の凄腕セールスで知られていた。 ソロモン・ブラザーズの時代に日本のバブル崩壊を読みきって、投資商品の主役が「ペーパーマネー」から 「金実物」の時代に以降すると予見し、独立。1995年に株式会社ジパングを設立。 2005年にアメリカ・ネバダ州の金鉱山を買収、日本第三位の金鉱オーナーになる。 この本の出版の少し前に、『アメリカ経済の終わりの始まり』を書いた。 今回は印象に残ったポイントをマトメテみた。 次回は、この目次をコピーして、考えてみる。 ーー *この本では、アメリカの現在は日本のバブル崩壊の前後に酷似していると指摘している。 著者は、それを予見して、金の世界に移行したから、尚のことわかるのだろう。 当時の日本の金融機関も、不動産業界に多額の金を貸し付けて日本経済の息の根を止め、 かつ自分の首を絞めた。現在のアメリカのサブプライムローンと似ている。 *今回、アメリカの「バブルの塔」を、ここまで高めたのは日本にある。 長期にわたるゼロ金利政策こそ、全ての元凶だった。 1999年から、2006年7月までに解除されるまで7年間、実質ゼロの金が向かったのが アメリカの国債であり、NYダウである。 このオイシイ金利に、金儲けに聡いファンドマネーが 目を付けないわけがない。日米の金利差を利用して、高金利のマーケットで運用する。 これこそ「円キャリートレード」である。5000億とも1兆ドルと言われている。 日本のゼロ金利が、結果的に世界にバブルを輸出してきたのである。 2001年9月11日のテロ以来、イラク戦争をはさんで、腰折れをしないで済んだのも、日本資金の御蔭。 ずばり日本の政府は日本国民を蔑ろにしてアメリカ国民に尽くしてきたのである。 バブルが崩れだした現在、NYダウ以外の投資先を探して、淡々と大移動を始めたのである。 それが石油高、穀物高の原因である。 だから大恐慌まで発展する可能性を大きく含んでいる。 *いったんすべての投資を手仕舞って備えるとき! 誰の目から見ても、危ない局面であることは確かである。 それも、ただごとではなく、世界大恐慌に近い事態になるかどうかの瀬戸際である。 今さらジタバタしても、如何にもならないこと。 それだけ深刻である。 投資を手仕舞って、潮流をやり過ごすしかないが・・・やり過ごせるかどうかが問題である。 一目散に高台に逃げるしかない。 金などの実物に紙切れを交換しておくしかない。 次回は、第一章から、目次ごとの項目に、書き込みながら考えてみよう。 (゚Д゚*)ノ⌒ 【さようなら!】 ・・・・・・・・・・ 2007年06月12日(火) 2261, 「アンラーン」について (。・ω´・)っノ 【才ノヽ∋?】 「アンラーン」という面白い言葉に出会った。 味と深みのある言葉である早速、検索で調べてみると次のようにあった。 ーー 鶴見俊輔の言葉の中で ー戦前、私はニューヨークでヘレン・ケラーに会った。 私が大学生であると知ると、「私は大学でたくさんのことをまなんだが、そのあとたくさん、 まなびほぐさなければならなかった」といった。まなび(ラーン)後に まなびほぐす(アンラーン)。 「アンラーン」ということばは初めて聞いたが、意味はわかった。 型通りにセーターを編み、 ほどいて元の毛糸に戻して、再び自分の体に合わせて編みなおすという情景が想像された。 ー 成る程、一度編み上げたセーターを、解きほどき、もう一度変化した自分の 身体に合わせるように編みなおすという喩えが、解りやすい。 また他にも ー ドラッカーが『創造する経営者』の中でも、「知識は消え去りやすいものである。 したがって始終、再確認(リコンファーム)し、学び直し(リラーン)、 習練(プラクティス)し直さなければならない」と知識の扱い方を述べている。 さらに同書で、「知識が知識であるためには、進歩しなければならない」と。 知識は最も腐りやすい、そのため絶えずリニューアルすべきことについては、「知識をラーン(学習)し、 リラーン(再学習)し、アンラーン(脱学習)が、知識管理の大前提である」と述べている。 ーー アンラーン(unlearn)すなわち“離脱学習”は、日本の弓道の「守・破・離」の「離」に酷似し、 仏教の「諦め」という言葉にも通じる。 知識から知恵への転換ということだ。 自分も含めて知恵の無い人が多いが、知恵に転換するまで知識に対しては貪欲に求め続け、 かつ掘り下げなければならない、ということだ。満60歳という歳は、人生の「アンラーン」の時期かもしれない。 一度、編み上げたセーターを解きほぐし、改めて新しいセーターを編み上げる転換期、 競馬でいう第四コーナーを回っているところだ。 少し息が上がってきた?・・・ そんなことはない、直線も面白そうだ!アンラーンか?! 「一生、一書生」という言葉もあるが。 「社会的な形式にこだわっているには人生は短すぎる!」「アンラーン!」 byebyeヽ(o・ω・o)ノ゛ ・・・・・・・ 2006年06月12日(月) 1896, ダ・ヴィンチ・コード ー映画日記 才八∋ウ_〆(∀`●) 何時も、映画はWOWOWかレンタルDVDで観ているので、久々の映画館は新鮮である。 レンタルDVDの店が会社の近くに出来てから、映画館に行く回数が減ってしまった。 昨日、話題の映画「ダ・ヴィンチ・コード」を観てきた。全世界で5千万部、日本で五百万部売れた本の映画化である。 ダ・ヴィンチの深い暗示が「最後の晩餐」の絵の中にあるのかと思っていたが、あくまで漫画的な奇抜な内容の域を 出ていない内容。難しく考えないで、推理小説の映画化と割り切って観ればよいが。
「最後の晩餐」の中の13使徒の一人の男が、よく見ると女で、それも娼婦だった マグダラのマリアという設定。 マグダリのマリアといえば重度の生理の売春婦で、 よいイメージを持たれてない。何故、ダ・ヴィンチが彼女を「最後の晩餐」の中に入れたのだろうか? という疑問の謎解きストーリー。マグダリのマリアがキリストの子供を宿していて、ヒロインがその血筋という 設定になっている。キリスト教徒にとって、大問題になっても不思議ではないが、娯楽小説と無視しているようだ。 ストーリーでは、「マグダラのマリアがキリストの子供を宿した事実が二千年の間秘密にされ、 その事実と血筋を消し去ろうという勢力と、守り抜こうとする二つの勢力が、秘密裏の戦いを繰り広げられてきた」 という設定。『聖杯』の意味は実をいうと、「キリストの直系の女性の血筋」という着想が面白い。 キリスト教に関係ない世界の人にとって、「それが如何した!」というレベルでしかない。 敬虔なるキリスト教の信者にとって許しがたい内容で、ノーカットは日本とインドと、あと数カ国という。
ところで、「キリストは存在していたのだろうか?」という原初的な問いを、 イスラエルの旅の由緒ある寺院でたててみたことがあった。一瞬、周りにいた数人に凍り付いた雰囲気が漂った。 隣にいた無口の教養のありそうな人が、おもむろに低い声で「当時のローマ帝国の古文書の中に、 キリストと思しき人の処罰の問い合わせが有る。間違いなく存在していた」と答えてくれた。 近年、発見された古文書(20世紀最大の発見といわれている)に「キリストは存在してなかったのではないか?」 という疑問の文章があったという。バチカンが、これを封印して現在に至っても、その内容が発表されてないという。 元々あったキリストの御伽話を、パウロが創作したに過ぎないと言われてきたが、信仰だけは事実の枠を超えた (字数の関係でカット09年06月12日) ・・・・・・・ 2005年06月12日(日) 1531,わたしの酒中日記ー7
2005年6月10日 ーバイアグラ飲めず!
今日は、高校の同級会があった。三年ぶりの同級会、久々のせいか21人も集まった。 担任の先生が41年ぶりに、この会に出席してくれた。16歳年上だが、もっとふけた男が?何人かいた。 全く若い! 20年来、毎年続いていたが、仕切りをしていた?スーパーツチダ社長の土田君が亡くなってしまい、 この三年間は休会状態であった。久々に電話があって、急遽開くことになったのは、この8月2日の長岡花火に 「還暦祝いの花火」をあげるための寄付金集めと疑っていた。ところが、ある男が反対と気炎を上げて、隣に座った私も同調。 その勢いのためか、その意を受けていた?幹事が言いそびれてしまった?。結局、根回しが足りないのが問題だった。 その男が言うには、「あれは同期の主流派の主張したもの、このクラス会は反主流派。 ボイコットだ~!」何時ものように、子供の遊びの世界に戻って大盛り上がり。 20人のマトマリも考えてみたら大きな勢力で、顔を立て損なったようだ。 その日たまたま欠席した男達は、すべて主流派にされてしまった。 それをネタに笑いを取っていただけだが、ほぼ今日の話の内容は主流派に流れるだろう、また嫌われるか。 この会は地元の二代目が殆ど、このHPをみたら袋叩きにあうのは間違いない。 いつも二代目の悪口を書いているからだが、この会の反主流派は明らかに私だ。 笑いを取るため「自分はこの会の反主流派だ!」というと、すかさず「お前はただのアウトサイダーだ!」 という突込みが入った。 アウトサイダーでしかないのか。今度、アウトサイダーについて考えてみよう。 「人生のアウトサイダー」がよいだろう。60歳になろうする男どもが子供にかえった会で、よく20年以上も続いたものだ。 その後、二次会三次会と流れて、午前0時過ぎに帰路についた。 最後の店で、ある男が「近々にアメリカに行くのでお前の着ているジャケットをくれ」という。 スナックの勘定を払ってもらう交換条件で、脱いで渡してきた。私にしては高いもので気に入っていたものだが、これも縁。 しかし他の男から貰ったバイアグラが、その胸ポケットに入っていた。 一度飲んでみたいと思っていたが、残念である。 即効というが。 終わり! ・・・・・・・ 2004年06月12日(土) 1166, 豊かな時間
「貧しい時間」とはなんだろうかを考えてから、「豊かな時間」を考えてみる。 貧しい時間 ・虚飾と虚栄に満ちた時間のなかで空虚に過ごすとき ・好きでないことを、状況から嫌々しているとき 等、思い浮かぶが、虚飾と虚栄の時間のなかで空虚?に過ごすことが豊かな時間の人もいるし、 群れていることが真に充実している人もいるし、刑務所にいるのが一番の充実している人もいるというから、複雑だ。 まあ質の問題になるが。豊かな時間、贅沢な時間についてソローの言葉がよい。 「生活がいくら惨めであろうとも、そこから顔をそむけずに、ありのままに生きることだ。 自分の生活を避けたり罵倒してはいけない。生活は、諸君が一番富んでいるときに一番貧しくみえるものだ。 粗捜し屋は天国にだって粗を見つける。貧しくても、生活を愛しなさい。 救貧院に入っていたとしても、楽しくて胸のときめく、素晴らしい時間はあるだろう。 落日は金持ちの邸宅の窓だけでなく養老院の窓からも、おなじようにあかあかと照りかえる。 春が来れば雪は同じように早々とドアの前で溶ける。おだやかなこころの持ち主なら、そういう場所に住んでいても、 宮殿にいると変わらない満足感や、ひとを奮立たせる思想をいだきながら生きていけるだろう」 自分の本当の時間、 自分の真に充実できた時間こそ豊かな時間という。ありのままに生きることが、そのまま簡素な生活を生きることである。 金や名声よりも、精神を高く、そして真理をもとめる生活がより大事であり、その時間こそ豊かな時間といえるのではないか。 自然の美しさや音楽を聞いていて感動したり、心の底から笑うのも豊かな時間といえる。 そのためには、やはり孤独の時間を自分の生活のなかに確保しなくてはならない。孤独の時間とは内面へ向かう時間といってよい。 ー孤独、感動、感謝、自然、真理の追究、笑い、等がキーワードー 私にとって散歩が最も孤独であり、孤高な充実した時間になっている。そういえば、この随想日記を書いているときもそうだ。 そう考えると、本当に豊かな日々を過ごしていることになるが、不景気で経営の悩みが丁度よいくらいマイナスになっている。 まあ人生とはそういうものだ。
・・・・・・・・・ 2003年06月12日(木) 799, 「ありがとう」の言葉?2 「幸せの宇宙構造」 小林正観著 弘園社刊 (昨日の続き) ・・・ある講演会に『ありがとうの実践会』の人が200人ほどいらっしゃったとのことでした。 『私は60万回』『俺は70万回』『今はまだ97万回』というような人が次々に現れ、私は驚きました。 5万、10万回という人は結構多かったのですが。 『ありがとう』の回数が5万回あたりで、奇蹟が起こるモードが第一段階がくるらしい。 10万回あたりで、第二モードがくるらしい。50万回あたりで第三モードに入り、 100万回を越えたあたりで第四モードに入り、1000万回を越えたあたりで第五モードに入り、 一億回を越えたあたりでは第六モードに入るらしい、というものです。 その『ありがとう実践会』の中に癌の人がいて、20人くらいの仲間がみんなでその人を囲んで、 朝から晩までただひたすら「ありがとう」を言い続けたところ、その人の癌細胞が無くなってしまった、 という例も(以下字数の関係で中略カット2008年06月12日) ・・・・ とりあえず、毎日500回を一ヶ月続けてみよう。 そうすると二ヶ月で3万回になるが、私の場合は到達する前に、 不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を数百回言ってしまうから、 涙が溢れることはない。いったという事実は事実である。 毎朝、両親と仏様には5?6回は言っていたのだが、まだまだ甘いことが解った。 数ヶ月後には仏様みたいになっているか(笑い)。 ーつづくー ・・・・・・・・・ 2002年06月12日(水) 435, 酒の話ー2 ?酒飲みの作法ー
女か酒か博打どれか一つは、癖の悪いものがあるものだ?私の場合それが酒だ。 かなり危ないことが多くあった。警察沙汰にならなかったっことが不思議なくらいだ。 それでも最近は2年に一度は?? 酒で失敗したことで、かなり自分の人生で失ったことが多い。 しかし全然後悔していないのも、それだけ酒が好きということだろう。 更に失った以上に、失ったことで逆に得ていることのほうが多い?? 子狐との喧嘩はむしろ??、いやしないほうがいいか?! 酒席はお茶の世界と同じで、一会一期で飲んでいる。ボトルを入れる人の気持ちが解らない。 従って、非常に楽しい思い出が山ほどある。ただ飲みすぎて身体を壊さないように自己ルール化をしてある。 ー30数年の痛飲からの知恵である タブーとしてー自己規制 ・一人酒 a 一人で気にった店を探して入るプロセスを楽しむ酒 b なじみの店に一人通う酒- ・自宅での日本酒の晩酌 ?これが一番危ない、蓄積される 。 自宅で飲んで二日酔いしてる馬?がいるーその代替として7~8年前より紹興酒に切り替えた ・誘い酒ー こちらから誘わない ・二日続けての酒席ー どうしても重なるが ・自棄酒ー面白くない時の憂さ晴らしの酒 ?不快さがより深くなる ・子狐との同席ー最近これだけは十分気をつけているつもりだが・・ ・人の噂、悪口を話題にしないー 子狐どもの子狐たらしめているもの ・女性と2人だけで飲むことー家内は除くーよった勢いで??? ・23時を目途とする このルールを憶えるまでに数千万の金と、あわや???のリスクを負った。好きとは、こういうことだ。 実際の酒乱はこんなもんじゃないと聞く。 軽症と思っているが。一応許容範囲か??? 記憶が全く無くなるという、はじめは言い訳と思っていたが。実際経験してみて、嘘でないことが解った。 「酒飲まずタバコを吸わず100まで生きた馬鹿がいる!」というが、どうであろうか?
・・・・・・・・・ 2001年06月12日(火) [50] 日本のプロ野球がつまらない!
どうして? もちろん理由は解っている。 野球もいっきょにグローバルになってしまった為で、またイチロウ効果だ! いい意味で野球馬鹿の長島監督、もちろん監督としての裸の王様を、彼も含め皆で遊んでいた! でもそれが自分の姿をと解っていながら!アメリカの隷属国家の日本の微笑ましさ!アメリカは多民族社会の実力社会。 野球に関してとくに土壌が違う!ここまで日本のプロ野球を駄目にした読売新聞の痴呆老人の渡辺某! 老醜の判断ミス! 正しく認可民放の象徴たる日本テレビの壊滅の姿が、あのミスターのジャイアントである。 スター気取りの巨人選手がグローバルで見た時、もう言葉でいわないほうがいい ‘巨人大鵬卵焼き’の自分がここまで変わるとは。
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