堀井On-Line



2604, 最近みる夢 −2

2008年05月21日(水)


前回、「空からパラシュートから飛び降りて、墜落し、気がついたところが海底の檻の中で、
もがいている所で目が覚めた夢」を書いた。そこで、その夢分析をしてみた。

・まずは「空を飛び降りる夢」
空は束縛のない自由の世界。 現実の世界は覆いかぶさる責任ある仕事の重圧や、
会社や家庭という束縛、日常の退屈など、知らないうちにプレッシャーがある。
空から飛び降りる夢は強い脱出願望の現れ。 また落下することは、強い不安の現れである。
不幸な境遇に陥る、ひどい気分に落ち込むなどを、敏感に感じ取っていることを現わすから、
サブプライム問題で更なる不況への不安感や、還暦を過ぎたことの焦りなどが、夢に集約されている。

・「落下途中にパラシュートが開かない」 これは開くはずのパラシュートが半分しか開かずパニックになる、
予定していた想定が、外れる不安である。この歳になると、いつ死に直面するかもしれない不安感の顕れ・

・次は、「海に落ち、海底の牢獄の中で檻から出れないでもがいている」部分。
これが面白いのである。 夢の中で、海なら助かると自分で直感的につくりあげた瞬間創作。
海は欲望、それも自我愛である。 海底の牢獄は自我愛の牢獄。そこでもがいて死の境にいる私の顕わの姿そのもの。

・そして、「ああ、このままでは死んでしまう」と恐怖を持った瞬間に目が覚めた。
死の夢は、 古い自分が死んで新しい自分が生まれる前ぶれという期待。
従って死ぬ夢は、新しい人格の為に古い人格が死ぬことを意味している。

 解釈の問題だろうが、それにしても人間の顕わの姿が、自分の夢に示されている。
現在、色々の問題で混乱している部分の己を、こういう夢で光を与えてくれていると
解釈すると、驚きである。 一種のユング的な夢と受け止めることができる。
夢そのものより、解釈のほうが面白いだけか?? 受け止め方である。 

前夜、これを書いたためか、これに劣らないほど?面白い夢をみたが、
ほぼ断片を残して記憶の彼方に消えた。

・・・・・・・・・・
2007年05月21日(月)
2239, 宇宙に他に地球のような星があるの?
                    ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]
    以前にもすこし書いたことがあるが、20年以上前の話。
    夏休みの午前中にNHKラジオ放送の「子供電話相談室」に、
   「宇宙に地球のような星が他にあるのですか?」という質問があった。
    子供は純粋だからこそ鋭いから、偉い先生もタジタジすることが多い。
    その時の回答の先生が天文科学者だったが、その名回答に、「成る程!」と感心してしまった。
    ーー
「宇宙に人間が住める星が他にあるかどうか、まだ科学では解ってないの!
でもね、考えてみて、この広大の宇宙に地球のような奇跡の星があって、
人間や生物が生きているとうことの方が、素晴らしいことで疑問なの。
現在どんなに科学の研究が進んでも、解決できないほどの奇跡の結果なのね。
解る?だからね、他に星があるのか疑問に思ったなら、この広大な宇宙に
地球しか無いかもしれない不思議を考えてみる方が重要なの解る!」である。

車を運転しながら「何ということをいう学者だろう!」と驚いてしまった。
最近マスコミで、「さほど遠くない星に地球に酷似した環境の惑星が発見された」
と発表されたが、生命がいるということではない。

哲学者の池田晶子が、最近TVに頻繁に出ている怪しげな「来世」など
「生まれかわり」を話す江原啓之を、一刀で切り捨てていた。
「いま、生きていること自体が不思議で解らないことばかりなのに、
 何で来世など問題にできるの?笑ってしまう」と。全くその通りである。
現世を地球人にたとえ、来世を宇宙人にたとえれば面白いのかもしれない。
宇宙人を問う前に、地球人とは何か知るべきである!
その視点で江原啓之の話をTVで聞いていると、下手なお笑い芸人よりズ~ッと面白い。

 ーウキィペディアで江原啓之を調べてみた。以下はその一部ー
「オーラの泉」において、霊視して部屋の中を言い当ててゲストを驚かせ(当然節度を守った範囲でだが)、
番組を盛り上げるデモンストレーションは有名。 また美輪と共にその人生の転機を説いて、人生の転換を
助けるなど数多くのカウンセリング実績を残している。
相談の際に「必要以上に相談者及び他人の非難や中傷をせずに生き方を説く」
ことでも知られそのメッセージは多くの支持を得ているが、自身の解説する
心霊世界を信じない、異論を唱えたりする人間に対しては、
「魂のレベルが低い」とコメントするなど、やや強引な面も垣間見られる。
 ーー 
   異次元の視点で自分を見つめなおす機会を与えることは、バーチャルの好きな人には良いのか?          
                      バイバイ!(゚▽゚*)ノ~~
・・・・・・・・
2006年05月21日(日)
1874, 人生の質×量=人生の総量
            才八∋ウ_〆(∀`●)

4月19日のバードウォッチングの中で、
「人生の真実は、人生の勝敗で勝ったとか負けたとかは関係ない。人生の質は常に喜ぶことのできる能力に比例する。
その喜ぶ能力は、日常の細部に目をやることによってもたらされる」を紹介した。
(モーニング・ページを紹介してある「ずっとやりたかったことを、やりなさい」 の中にあった言葉である)
この言葉が頭の中に残っていて何度も思い浮かべているうちに、
人生の質×人生の量=人生の総量(豊かさのレベル) と思い至った。

    人生の質は認めるが、それだけでは男として物足りないと考えているうちに、
    人生の量(行蔵)も大事であると思いたった。そらから人生の質×人生の量=人生の総量ではないかと。
    そして総量があるラインを越すとアップ・スケールが生じる。蛹が蝶になる脱皮である。   
    総量が一段上の質へ転換することだ。 人生の質だけでは何か男として物足りない、量も大事では?
    と思ったことが、これで筋が通ってくる。
    アップスケールし続けることで総量(豊かさ)が増え続けることになる。

人間は、それぞれの立場で、立ち止まることなく、変化(アップスケール)をすればよいのだ。
少し歪んだ立場(場面)になると、人間は自分の人生を必死になって肯定しようとする。
誰も何らかの形で、現状を肯定しようと必死になっているものだが。

幼稚園から、小学校、中学校、高校(大学)、社会人、親・・と、それぞれの立場が変化していく。
その時々の立場を喜んで受け入れ、肯定して次の立場へのステップをしながら脱皮続けることが、
人間のあるべき姿ということになる。 「人生の質とは成功も失敗も喜んで受け入れる能力に比例する」
ということからみても「好きなことを見つけ、それをやり続けること」こそ、人生を豊かにするである。

「人生の質=喜んで人生を受け入れる能力」という言葉から、人生を考えてみた。
          ヾ(^ω^*) バイ! 
・・・・・・・
2005年05月21日(土)
1509, ご自愛のほど−1
 「もっと自分を愛してごらん」−1
                   −読書日記
図書館で何げなく借りてきた本である。女性向の本だが立ち読みをして、心が和んだので借りてきた。
簡易な短い言葉の奥にある優しさや力強さが、そのまま感じられ、また見る度に気になるページが
変るから不思議である。 すっと自分の心に入るもの。ちょっと考えこんでしまうもの。

自分を愛すると変わってくるもの。自分を満たすと見えてくるもの。
そのページごとに深い愛情が、言葉の底から湧き上がってくる。
その愛情が自分を楽にしてくれ、誇りを感じるようになり、また深い自分に気づくようになる。
実際に「自分の娘に語りかけるように」して書かれた内容である。
一人、孤独に浸るときなど、女性だけでなくとも読むと良い。
また心の疲れや悩みを和らげてくれる。 まず、自分を愛してみることである。

ーその幾つかを書き出してみるー

もっと自分を愛してごらん すると すぐにあきらめたり 妥協したりしなくなる
 ーーー
もっと自分を愛してごらん
すると自分のいいところが見えてくる。
 −−−
もっと自分を愛してごらん
すると 今いるここ この時代こそが
実は自分にピッタリの居場所だったのだとわかってくる。
そして むだな力が 抜けていく。
 −−−
もっと自分を愛してみたら
ひとりでいることが 好きになった。
静寂につつまれ その魔法にも似た力に打たれながら
自分の内のはるかな広がりに 耳を傾けるようにして。
 −−−
自分をしずかに愛してみたら わかるようになってきた。
べつにわたしは 特別な人間ではない
でも この世に ただひとりしかいない人間だ と。
 −−−
自分をしずかに愛してみたら
「成功する」ということの意味が変わって
人生がシンプルになった。
ああ 毎日が 何と すがすがしくなったことだろう。
 −−−
もっと自分を愛してごらん
すると かわってくる。
人生を追かける必要のないのだ、と。
しずかに あわてずにいれば
人生のほうから やってきてくれる と。
 −−−
自分を深く愛してみたら 心の痛みというのは
わたしが何か 神様の真理からはずれたことを
してしまっているシグナルだと わかってきた。
 −−−
ちゃんと自分を愛してみたら機会あるごとに せっせと歩くようになった。
階段を歩くようになった。 景色のいい道を 選ぶようになった
ーーーーーー
以上のような詩が 82も書いてある。

左側には母親の自筆のノートが写真で。
右側が訳者の言葉で・心がこもっているためか、どれを見ても染みるように響いてくる。
「もっと自分を愛してごらん」
  キム・マクミラン著  文藝春秋社 
 ー明日も、幾つか書き写す。
                  ーつづく
・・・・・
2004年05月21日(金)
1144, つれづれに -不安

・テロの脅威
アルカイダ幹部が、昨年9月まで、一年二ヶ月も新潟に潜伏していたという。
経歴もかなり年期の入ったテロリストで、本人がその気なら何時でも大きなテロを起こせたようだ。
まさかと思っていたが、身近な問題になっていている。

ドイツで捕まり、取調べからこの事実が初めて解ったのだ。
上越新幹線か柏崎原発辺りは、何時でも可能であった?スペインやインドネシアのテロが思い出される。
国内への600万の入国のチェックは、かなり難しいだろう。
参院選挙が近づいてきて、非常に危なくなってきているとみたほうがよい。

もし、新幹線などのJRの駅でテロがあったら、直接に商売が上がったりになることは自明である。
最近、新幹線のホームで警察官の姿が目立つようになったのも、こういう情報に基づいてのためであろう。

・今度はUFJ銀行
「りそな銀行」の国家管理が落ち着いたと思ったら、次のターゲットが「UFJ銀行」になってきた。
3年連続の赤字で、今期は3000億の赤字とか。関連のUFJ信託銀行を、住友信託に3000億前後で売却に入るとか。
東海銀行にしても、三和銀行にしても、硬い基礎の銀行で、悪いなりに大丈夫というイメージがあったが、
このデフレ・スパイラルには抗しがたいようだ。グループの三人のトップは引責辞任とか。

・・・・・・
2003年05月21日(水)
777, 何ともいえない日々が続いている。

 中小企業の8割が赤字、一割がボーダーライン、一割が黒字だそうだ。
数年前までどんな時代でも3割は堅実経営で、黒字であると税理事務所の
担当がいっていたが、いまやそれが一割だそうだ。ここで景気がさらにおかしくなってきた。
数人の堅実経営の知人の会社が、ボーダーラインか、赤字に入ってしまった
と聞いている。当方もこの一〜二年で可能性がでてきた。

そのパターンは
「勝ち組で、同業者を食べて生きてきたが、食い尽くしてしまった感じ」というのが共通点である。
大津波は全てをのみつくしてしまう。といって自分だけは生き延びなくては
ならないのが経営というものだ。「後は野となれ山となれ」ともいえない。
今年は何とかいけそうだが、来年は全く解らないという人も数人いる。
うまくいっているところは過去に合理化を迫られて、体質が現状にあっているところだ。

 明日はわからないというのが、全ての会社の偽らざる事態だろう。
もし県内にSARSが出たら、全国的に蔓延したら、宿泊業者や流通業や
デズニーランドや飲食店などほとんどが壊滅的状態になる。
第一次世界大戦時に、スペイン風邪で2000~4000万人死んだという。
戦争の為、情報統制をしていた為に社会的な混乱は最小で済んだという。
日本でも26万人死んだというが、SARSがこの状態になる前に防ぐことができるだろうか?

 中世に黒死病ーペストが流行って欧州の人口の何割かが死んだ時に、ユダヤ人だけは無事だったとか。
ユダヤ人の陰謀ではないかと疑われたが、彼等は戒律に従い、
手と身体を清潔に保っていたのがペストにならない原因だった。
話が変わるがユダヤ人は子宮ガンにはならないという。これも清潔に関係しているという。

世界的な不景気とデフレ傾向は当分続きそうだし、北朝鮮問題やテロや
エイズなど暗い問題が多いが、せめて気分は前向きにしておきたいものだ。

・・・・・・
2002年05月21日(火)
413,ー印象に残っている両親の言葉ー

母から聞いた言葉で「片耳だけを聞くな」という言葉があった。昔から、ちゃんとそういう言葉があったのだ。
世間知らずの人や、人の良い人を利用しようとする時、あるタイプの人(片耳内幕情報や)が利用する。
三流マスコミや株屋、そしていびつな組織人が良く使う手だ。

要するに一方的の話しだけを聞いて判断するな、数名の人の話を聞いて判断すべきという事だ。
何人かに聞いているうちに、その背景見えてくる。

「あと歯に血がつく」という言葉も、母から聞いた。博打で勝ってその味を知ってしまう事をいうが、
上手い言葉だ。歯についた血がいつまでも口に残る。

今はあまり言葉として聞かないが、父が使っていた言葉で「てんごうを欠く」があった。
自分の力の以上の仕事をして、失敗することを言っていたので、天の理を欠くで、「天合」?
を欠くというのだろう。倒産した会社の社長を何時もそう非難していた。

「きみせをするな」とも、子供の頃よく言われた。
他人におどけて見せたり、パフォーマンスをするなという意味だった。
大家族のせいもあって、あまり目立つ行為をするなということだった。
 
 家内に時々そういう類の言葉を使い、「明治生まれの両親の子」とからかわれている。

・・・・・・・・・・
2001年05月21日(月)
つれづれに

今日3時半に目が覚める。4時半に散歩にでる。この時間でもけっこう歩いている人がいる。
土手を朝日をうけて歩くとこの上なく気分がよい。このところ5時間も寝ると目が覚める。
爆睡しているせいか、寝不足に感じない。最近CS−TVの癒し系の番組268チャネルを』
申し込んで音楽を聞いているが映像もいい。何回も書いているが、このソニーのBSハイビジョンTVはいい。
映像つきラジオ番組472チャネル―マザーアースもいい。

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