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2001年12月27日(木)
東京でも、地方でもいつも同姓同名を電話帳で探していた。 必ずいるはずだと。山田太郎とか、小林恵子とか言う名前の人は 何回もそのことに慣れていたと思うが、一回もあったことがないのも気になる。
そしてインターネットの検索で見つけた。岐阜の駅周辺の呉服屋の主人だった。ー商工会議所の名簿に出ていた。 それを知った時妙な気分であった。周辺にいたらあまりいい気分でないだろう。
初めて見つけたことと、同姓という因縁である。手紙でも書こうと思ったが、 それはおかしいと思い止めた。
その話をある知人に話したら、それでは「自分の名をインターネットの検索に入れてくれ」 とのこと。それではと入れてみた。なんとその5年前の新潟で行われた、 マラソンのシニア部門の記録の名簿が出てきた。本人もびっくりしていた。
堀井は遡ると平家の武将で、源平の合戦で負けた落ち武者だそうだ。 その為か、富山や新潟の上越市周辺にその姓が非常に多い。 第二新館の鉄骨工事が富山の業者であった。その社長の名が堀井だった。 鉄骨検査でその工場に行ったとき、私の想像どうりヒタイの広い自分にそっくりな男だった。
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