股・戯れ言
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台湾ス・イン・ア・ライフタイム 序章

我が家はしがない中の下流家庭(親戚はドキュソ!)なのですが、愚息ならず、愚娘2人もいい年になったので両親は年に2度も海外に行ったりするようになりました。ま、愚娘のうち1名はブルーカラーのような仕事でもう一人はターミネーター(しつこく説明するが、うちの中で「パラサイト」を指す言葉)なんですがね。
で、9月に入ってから両親はマレーシアのビーチに行きました。ターミネーターこと妹は韓国に行きました。(出発前日に母のところに「3万円貸して下さい」とメールでよこしてきたらしい、同じ家に住んでいるのに)
俺は唯一!9月に入ってから休みゼロの生活を送っておったのです。
でも9月の終わりになれば俺もマレーシアに行くのだ!という希望に支えられてがんばってきました。会社に置いてある卓上カレンダーにもマレーシアと書き込み、そこの時期には仕事を入れないように牽制してきました。

それが、諸事情によりオジャンになってしまったのです。
ギャース!・・・
何のために休みナシで働いてきたのかと。
何のために両親に「私もどうせマレーシア行くから土産、香水だけでいいや」と言ったのかと。(わかってたら化粧品大量に買ってきてもらったさ!)

そこで代案として、国内旅行に行くという考えが出たのですが、私はどうしてもどうしてもどうしてもどうしても海外に行きたくて、そうしないと会社にも家族にも立てる顔がないという状態(別に家族にそんな見栄を張る必要もないと思われるが、我が家はペナントレース一家で全ての基準に「勝ち、負け」「順位」をつけるもので)だったのでどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても海外に行かなければならなくて、それを実行しないと自分があまりにもみじめだったのでどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても海外に行くしかなかったのです。
そんな時にABロードがうまい具合に「海外にひとり旅」という特集を組んでいたので、「ひとりでも海外行ってやらぁ」と決意しました。
もちろん不安いっぱいだった。
海外は過去に行ったことはあるが、大学の卒業旅行として「織田裕二の『卒業旅行』の真似がしたい!チトワン国に行きたい!」という野望を秘めてタイに行っただけだったし。しかも4人で。それが今度は1人だ。1/4ロンリー海外はできるわけがない、と思っていたのだが、もう絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対行くしかないのである。
と、腹を括っていたときに、スターな女の子が同調してくれて一緒に行く、となり、あれよあれよのうちに6人で海外に行くことになりました。
行き先もあれよあれよあれよのうちに台湾になりました。
チケットもあれよあれよあれよあれよのうちに入手。出発4日前に手配して良く手に入ったモンだ。

まあ、ずっと働いてたんだから(日記だけ読んでるとずっと飲んでるような感じもするが働いておるのです)いっしゅん台湾に逃亡したっていいじゃないか。
昨日も11時近くまで労働してたんだよ俺は!

というわけでいってきます。
唯一心配なのは「台湾って満里奈っぺえな」ということだけだが、ナンシー関の初海外訪問先も台湾だったので、満里奈のことはあまり考えないようにしようと思う。

2004年09月22日(水)

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