報道特集で、あいりん地区にある病院の特集をしていた。 払う余裕のない人たちには「信用貸し」で治療を施すので、毎日400人以上の患者がくるらしい。 日雇いの肉体労働で、怪我をしたり病気にかかっても、ぎりぎりまで我慢して診察に訪れない患者さんたちの病状は、総じて酷いものだった。 病状以上に、見舞いに来る身寄りがないのが孤独で哀しい。 若い頃どれだけ無茶をして人に迷惑かけようと、老いて死んでいくときは、孤独で寂しいものだ。 死ぬときにさえ親戚に拒否されるというのはあんまりだと思うが、死んだことさえ知りたくないと思われるほどのことをした人もあるのだろう。 一人できちんと生きてきて、きちんと寂しく死んでいく人もあるのだろう。 どういう理由にせよ、死ぬときは一人だし、寂しい。
母親の病院でなくなった人で、「もしものときにはこの番号へ」と看護師に渡した番号が、その人本人の携帯番号だったことがあるという。 なんとなく、その人から看護師や先生への心遣いだったのではないかなと思った。
母親はこの病院でアルバイトしようと思ったことがあるらしいが、自分にはとても無理だと言っていた。 こういう病院の先生や看護師さんは、きれいごとではとてもやっていけない、大変な仕事だろうな。 篠田節子さんの本にも出てきた「ソーシャルワーカー」の仕事にとても興味がある。 私のような人間は、逆に人の生死に近いところで仕事をしたほうが、能力を発揮できるような気がする。 そういう分野においては、根拠のない自信があるんだよね。 単なる想像でうぬぼれだけど。
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