| 2004年07月10日(土) |
友がみな我よりえらく見える日は |
夢の中でわたしはけっこうかっこいい男の人を好きになって、付き合ううちにものすごく好きになって、最後には彼が「彼女はちょっと違うと思ったから」という女性に心変わりしたためこっぴどく振られていた。 自分は必死に彼の気持ちを変えようと痛々しいほどで、絶望的に傷ついていて、目が覚めてからもしばらく現実と区別がつかないほどだった。
ぼうっと現実に戻ってやっと、「ああ、自分にとってこういうのが一番自尊心を傷つけられるからかもしれんなあ」としみじみ考えた。 恋愛のごたごたなんて、後で考えると誰のせいでもなくて、もうどうしようもないことなんだけど、そのときは自分を全否定された気がして絶望してしまう。
こんな夢を見たのは、「友がみな我よりえらく見える日は」を読みながら眠ったからだ。 この本、過剰な演出はなく普通の人々の生活が淡々と描かれているが、電車の中で泣きそうになったほど動かされた。
「自分の意志や努力ではどうにもならないことってある。人はそれに上手に耐えなければならない」
「人が傷つき、自尊心を回復しようともがいている時、私の心は強く共鳴する」
という言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡った。 本を読んでスーパーカーを聞いていれば幸せ。家族が健康で友達がいて彼氏がいてお金はほどほどにあればいい。最近は多くを望んで暮らしていないような気がしていたが、ある日突然平和な日常をなくしてしまうとも限らない。 他の誰かに起こった事が、自分だけ避けて通るとは言い切れない。 大きな事故や災害にはあわなくても、ほんの小さな出来事から、歯車が狂ってしまうということもあるだろう。
何かが起こったとき、上手に耐えることが出来るだろうか?
一見、人生は不公平に見える。 村上龍も書いているように、大企業で安穏とうまくやっているおっさんはバカばっかりかもしれない。 他人のことなど無関心でいられるから、社会でうまく立ち回れるのかもしれない。 人生が本当に破滅してしまうような人のほうが、スケールが大きい人間だったり思いやりがあったりするのかもしれない。 なんて考えて、D通で働くちょっとズレた男の子と、駅にいるホームレスのことを思い浮かべた。 極端だが、社会で巧く立ち回れることだけで、良い人生とはいえないんやろな。
しかし今のところ、夢は大きく、まずは投資できるような小金を貯めること。(大きないか) ジョージソロスを夢見て、お金と哲学と奉仕のこころを兼ね備えた人間になりたい。
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