もんすん日記

2004年06月13日(日) 太陽の塔

本日は帰阪していたHじタンと、万博公園へ。
お日様をさんさんと浴びて、太陽の塔から元気をもらって帰ってきた。
太陽の塔って、あんなヘンなデザインでどでかくてわけわからんけど、見ているとなんだか「小さいことはどうでもいいや」、という愉快な気持ちになってくる。
昔岡本太郎を取り上げた番組を見ていて、岡本太郎が「芸術は太陽のように無償で与えるものだ」といった趣旨のことを言って、実際に自分の芸術作品を無償でどこかに寄付したというくだりがあった。
それを見て、芸術を志していた当時の彼氏がはらはらと泣きだしたので、驚いた覚えがある。
芸術に取り組んでいるひとにとって、他人に評価されるということ、お金で価値を判断されるということは、いつも大きな悩みであろうから、そういった懸念を超越した太郎は憧れなんだろうな。

昔私も出店したことのあるフリーマーケットで、おじゃる丸にタヌキのTシャツを買ってから、国立民族博物館へ。
Hじたんに久々につれてきてもらって良かった!
子供の頃深い感銘を受けたこの場所は、今でも私の原点のような気がする。
といっても、私がのろのろしていたので、今日は多みんぞくニホンという特別展しか見れなかったんだけど。

ちょうど、日本に帰化した外国人の方々がスピーチをしていて、興味深かった。
中国名を言っただけで、温泉への宿泊を断られたという女性の発言には、ショックを受けた。
こんな差別的な人達はごく一部だと思いたい。

それにしても、父方の祖父母が韓国出身である私にとっては他人事ではない筈なんだけど、どうもこういうことはぴんとこない。
(それは祖父母は苦労したと思うが、私には実感が無い)
良い意味でも悪い意味でも、差別することされることがぴんとこない。
ネオナチみたいに、労働力が外国人に持っていかれること、自分の生活が脅かされることから来る差別、ならわかるんだけど。
部落差別や在日差別は、他人を差別しないと生きていけない人達が哀れとしか思えないよ。

と、極端に考えたりもするが、私とて差別とは全く無縁だと言い切れるか。
自分と異なる存在を恐れたり排除しようとしたりしてはいないか。
人と自分の出自を比べて、優越感を持ったり卑屈になったりしてないか。
人間ならばそういう感情は捨てきれるものではないかもしれない。
そういう感情を持ってしまったとき、自分を戒められるかどうかだと思う。
バカで不完全な自分を認めて、成長しようと思えるかどうかやね。

話はそれるけど、千里中央で小倉優子りんがイベントを行なっていて、CDを購入した人は、はもれなく彼女と握手できるという特典つき。
握手イベントに並んでいる長蛇の列(失礼だがオタッキー・・)を見て、アイドルも体力仕事で大変やなア、と思った。
遠くから見ただけだけど、彼女は人形みたいで大変可愛い。


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