今更だが、お金ができたら株をやってみたい。 おじゃるがボーナス全部つぎこんで中国株などを買っていて、話を聞いているとなんだか面白そうなのだ。 確か田口ランディが株を生き物に例えていたけど、世の中の動きで上がり下がりして、読めそうで読めないところがナマモノなんだろう。
最近お金のイメージが自分の中で生まれつつある。 体と水の関係に似ているような。 からだが太りすぎでも痩せすぎでもいけないのと同じで、持ちすぎてもなさすぎてもだめになってしまう。 大金持ちや極貧でも幸せになるような大きな器の持ち主なら良いのだが、普通のひとはお金に食われてしまうんじゃないか。 そういう意味でも、お金は猫と同じく、自分を上手に扱ってくれて飼いならせる人のところに集まるのだろうね。
定期収入が入るようになってから、と思っていたフォスターペアレントにまた興味が湧いてきた。 街角の募金と違って、誰のもとに届けられるのかきちんとわかるのがよい。 3千円から参加できるとはしらなんだ。 勿論途上国の子供を援助できたらいいな、という気持ちのほかに、いくばくかの稼ぎがあるなら(貧乏派遣社員ではあるのだが)、きれいに循環させると結局まわりまわって自分のとこへも(物質的ではなく精神的にかもしれんが)帰ってくるんじゃないかという、身勝手な考えもある。 富豪のユダヤ人がお金が無いときから慈善事業に寄付しているのも、そういうことを理解しているからだろう。 偽善は、何の役に立たない善よりも、むしろ良いものだ。 いや、なんの役に立たない善だって良いな。
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