猪肉入荷しました
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*******開演前の店外*******
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。 今宵限りのステージ 獅子鍋屋嬢の命舞台。 聞いての通り命の限り舞い踊るよ!!」
この街では客引きの声がコダマするのは珍しくない。 むしろ、ココで生活する人間にとっては日常の一部だ
「もし、そこの道行く若者よ。遠山の金さんが経営しとる 温泉に行きたいのじゃが・・・」 「ぁあ?爺さん惚けてんのか?ココは雄琴とちゃうで!!」
今時珍しいキッチリと三つ編みをした清潔そうな女学生が一目見て他人と解る 中年のオヤジと腕を組ながら一軒のお好み焼き屋から出てくる。 真っ白なハイソックスに艶美な笑みがやけに生生しい。
そんなありふれた日常の中にひときわこだまする爺様の声。
「今宵、天使が舞い降りる!!寄ってらっしゃい見てらっしゃい。」
一見した所何の変哲もない爺様に 忘郷を懐かしむ喪失感に似た感情を覚えて一瞥するが 顔見知りでもない。 ありふれたそこら辺の爺様だ。 だが、何かしらの切迫感を微かに伴う高揚感に囚われ戸惑いながら 何気なく店の前に目を遣った我が目を疑った。 昔は景気よくやっていたが今はパッとしないミュージックホールの前に列が出来ているのだ。 中には関東から来たと思しき女性も混じっている。
遠くで弁当売りの甲高い声が夕闇にかき消されながらこだまする。 「猪弁当〜っ 滋養高い猪たっぷりぃ 過去の遺物となった力が今宵蘇るぅ〜」
既にこの空間は見知ってる世界では無かった。
俺は関東から来た女性の後に並んだ。 俺の後ろに並んだ人も又もや女性で「三つのお願い聞いて〜ぇ」と小声で唄いながらグルグル踊っている。 前に並んでいる女性も歌い出した。 「ラララララ〜ン ラ・ラ〜ン ラ・俺の湖ぃ」
イッタイ、ココハドコダ?
*******舞台前の楽屋*******
いややでっ!いややちゅうたら絶対に厭や。 こんなん私、嫁に行かれへんやん。
廊下まで響き渡る声。 言ってる内容は女性らしく可愛いらしいが声はドスが効いている。
この女と付き合ったら和平交渉なんぞあり得ない。 「別れよう」の言葉を云って半死半生の目に合わされる位なら自害の道を選ぼう。 声を聞いただけでこの様な事が容易に想像出来た。 〜♪♪♪〜〜〜〜〜 殺伐とした空気を癒すかの様に聞きなれた音楽が微かに楽屋から流れて来る。
思わず鼻歌も洩れてしまう 「♪フ〜ンフッフッフッン フ〜ンフッフッフッン カニ料理ぃ〜♪♪」
「好奇心猫を殺す」こんな言葉があるがその時にこの言葉が脳裏を過ったかどうかは 定かではない。とりあえず堪え切れずに楽屋の戸をソッと開け盗み見していた。
・・・・・・・・・・
ア、アタマガイタイ
******幕開け*******
気が付くと座席に座っていた。
ボーッとする頭を振り何が起こったのか思い出そうとしても 何故か何も思い出せない・・・
目の前を飛蚊症の症状かの様に チラチラする映像がある
「ニコニコと笑う先程の爺さんのほるまりん漬け。背景には 猫のフォトグラフィが飾ってある」 背景ごと保存されたのか?
ハッ!と気が付いた。どれ位ボーッと宇宙意識に入っていたのだろう。 現実に引き戻り隣に座る男に注意を向けた。 改めて見ると何やらソワソワしているばかりか空中椅子座りをしているではナイか? まぁ、ボディビルダーの仲間だろう。と、目を正面に向けた瞬間私は再び気を失っていた。
ク・クチャイ・・・
目の前には何故か死んだ筈の婆さまが狸の生血を抜きながら 温室の前で手招きをしている。
再び目を開けるとスデに獅子鍋屋嬢の舞台は始まっていた。
一心不乱に舞い踊る彼女は楽屋で聞いたドスの効いた声を想像させない位の 優美さで舞っていた。
いよいよクライマックス。 佳境の彼女は得も云えぬ淫靡さで一枚一枚と衣を脱ぎ捨てる。 恥じらいとも挑戦的とも取れる笑みで縄を巧みに操る彼女は 実に悪魔の様だったと今なら云える。 実際、彼女の演技を見ながら「猪弁当」を喰らっていた 親爺共は飯粒を口の周りにつけながら前のめりに固まっていた。 演後もだ。
自縛して奈落に消えた彼女の後を追いかけるようにして 轟音が耳朶に響いてきた。
ノミコマレル
*******舞台後の獅子鍋嬢・そして真実*******
三度目を開けると目の前に獅子鍋屋嬢が居た。
ドギマギしながら執り遇えず舞台の感想を述べると 以外な事に頬をそめながら俯いてしまった。
以外な行動でコチラも俯きたくなったが 執り遇えず聞きたい事を口にした。
1:演中は気づかなかったが明らかに北・太郎の曲とは違うコト 2:何故、今宵限りの舞台に立ったのか 3:表に立ってた爺様の事。
獅子鍋屋嬢は1の質問には 快適に答えてくれた 「アマリにも名曲すぎる曲に合わせて踊れ」 って云うから腹が立ってキ〜ッとなってガ〜ッっと引っ張ったらニョ〜ッと怒って帰ったとの事。
2と3の質問には眉間に皴を寄せながら 「アナタは知らなくてイイ事」と、濁らせた後「海馬」と小さく呟いた。
フカイリスルナ
*******店外・日常*******
今までの数時間は夢だったのだろうか?
遠くに何時ものワゴン車を見つけ 「びんたひっちぎれ」を買いに走った。
「お嬢さん。私の店で働いてみませんか?」 の声と共に「金持ち人形」の名詞を差し出す男。 「ええ〜っ。私素人やでぇ〜」
住み慣れた日常に帰って来た安堵感が胸にこみ上げてきた。
勿論ノンフィクションです
登場人物は愛を捧げて書きましたが 不都合があっても愛ある故の事なので 愛に免じて許してやって下さい
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