ある大学院生の日記

2002年06月29日(土) 研修医制度

金曜日の勉強会で研修医制度のはなしになったので,ちょっと気になってWeb上でごぞごぞと調べてみた.たとえば,厚生労働省には医道審議会医師分科会医師臨床研修検討部会というのがあって,中間報告をこの5月に発表している.またこのちょっと前に,毎日新聞は「研修医制度 機能不全、大手術が必要だ」という記事を掲載している.また,週刊モーニング掲載の「ブラックジャックによろしく」はコミックながら問題提起を行っている.毎日新聞の社説によれば,現在の研修医制度の問題点は「研修のあり方のずさんさ」と「研修医の労働環境のひどさ」であるようだ.この場合の労働環境は,研修先の病院での勤務のみならず,アルバイト・非常勤として他の病院でも働いていることも指しているのかもしれない.

この2点がどういう関係にあるのかはよくわからないが,さしあたって別の問題と考えてみよう.「研修のずさんさ」は,医療のように情報の非対称性が大きい場合には消費者にとってはおおごとであるから,修正する必要がある.免許はなぜ要るか,という議論が経済学にどれほどあるのかよく知らないが(きっとミクロの観点からあるとおもうが),この場合,免許の水準が低下していることになるから是正する必要がある.しかし技術的な問題なので経済学的な分析には,さしあたって向いていない.

「労働環境のひどさ」とはなんだろうか?もし,労働環境がそんなにひどいのなら,だれもそんな職業につかないだろうし,逆にそのような職業に就くひとがいるということは,金銭的報酬をはじめとした対価がそこに存在していると考えるべきだろう.日本には職業選択の自由が存在するのだから,強制的に働かされている,というのは,程度問題でこそあれ,存在しないといってもいいとおもう.それでは,研修医がえている「対価」とはなにか? イメージからいえば,「ここで我慢すればいずれはお医者さんとしてがっぽり儲かるぜ」といった生涯所得の上昇であろうし,あるいは,医学部教育に費やした埋没投資の回収であろう.ここから進路を変えるには投資額が大きすぎる,というケースである.しかしいずれにせよ,こう考えればこの労働条件は研修医が合理的に選択した結果であるから,余人の介入する余地はない.では介入する余地はないのか?経済学的な問題とはなんなのか?

職業選択の自由があるとはいえ,交渉力に差があるのだから,研修医が「こき使われている」可能性は高い.いわば労働基準法違反である.この場合,社会的立場から,介入する余地は十分にある.しかしむしろ問題は,研修医がこき使われた,あるいは,疲れ果てたままに非常勤として他の病院で働くことによる医療過誤にあるのだろうとおもう.所得を稼ぐためには働かねばならないのだから,この行動自体を止めることはできないが,そこまでして働かれると社会的に困る.もし,これが問題なら解決策はなんだろうか?

一般に,医者は金持ちだ,と思われている.ところが研修医はバイトをしなければならないほど貧乏である.もしこの二つが成り立っているとすれば話は簡単である.研修医に奨学金制度,ありていにいえば借金をさせ,金持ちになったあとで返済させればよい.もちろん,バイトをしなくなるのだから研修医の生涯賃金はそれだけ減るが,バイトが流動性制約への対応だとすれば,これとアルバイト禁止を組み合わせれば問題は解決する.

あるいは,医者は実はそれほど稼いでいないのかもしれない.それゆえ,アルバイトをしないと生涯賃金に見合わないのかもしれない.可能性としては,正の外部性を発生させている医者がその対価を受け取っていないために過少供給になり,それが質の低い医療という形で顕現している可能性もある.とすれば,このばあいはピグー的な補助金が正当化される.宇沢弘文先生は医療は社会的インフラだといっているようだが,公共財とみなしても同じ議論が成り立つ.この議論を正当化するには,医療が過少供給である(質も含めて)という実証が必要となる.

研修医が医局制の弊害とすると,医局なるものがなぜ存在するのかという分析が必要だろうし,きっと開発ミクロっぽいアプローチが有用だろう.これ,おもしろいかも.


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