eden_breaker...タカヰ

 

 

鬱ですよ。 - 2004年05月22日(土)

愛しや恋し、遠く西へ歌を詠いて夢見頃。

 別に産まれたところでもないトコロに、愛しいも恋しいも無いはずなのだけど
小学校のほとんどをすごしたそこは、最早私の喜びも憂いもすべてが揃っていて私にはあまりにも心地がいい。
 最近そこに住む、知人友人との夢を見境なく見る。
嗚呼、彼は何処の学校へ進んだのだろう。
嗚呼、あの人は今何してるのかな。
こんな休日に、私があそこにいれば。

 夢というのは、実現不可能なものを実現させることで心を維持させようとするものらしいが逆だ。むしろ維持できなくなる。
 回りの子の時間が進むたびに、私の家の時計は動いていても私は進歩していない。立ち止まっては、延々と考え続け読書にふける。
 いつまでも仲良くしてほしいと願う人々が、向こうも同じことを思っていればきっと「離れていても大丈夫。」だと言うだろう。
けど、何も大丈夫でない。
親しみには、ある程度の理解が必要で。
そして共感できるならそれにこしたことはない。
たくさんの時間の、一部一部を細切れに共感しながら成長していく。
いつか、嗚呼ーあのときはアレだったねと言える友人がいるのは
すごく羨ましいことだと思うし、素敵だと思う。
 私には例え共感した事実が存在していも、その共感に共感しあえる友人がいない。ここにはいない。
それなら、それは共感とは言えないのか、否、それでなくとも共感はできる。
 できないのは、時間を共感できないということ。
溝が、浅くなりいつしか平面と同じようになったとき
私はどうしているのだろう?




...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail Home