元マネが婦人物の白のニット帽を買っていった。
季節から言ったら、全くの季節はずれなその商品に、一瞬、首をかしげたあたしだったが、すぐに思い当たることがあったため、
「どうしたんですか?」
と言う言葉を飲み込んだ。
奥様へ買って行くのだ。
抗がん剤の治療の副作用が相当きついのだ。
たった一度の点滴で、食事も受け付けず、触れただけで髪がごっそりと抜け落ちた、と言っていたのを思い出した。
本部の偉い人たちにも名が通るほどの実績のある元マネは、奥様の病気でマネージャー職を下り、今にいたる。
奥様の入院中は、一人息子のために弁当を作ったり、仕事を休んで介護に当たった。
術後、体調の回復を待って、韓国へ旅行に行ったり、奥様の喜ぶことを考えては世話をする。
生活の中心は奥様がいかに毎日楽しく快適に暮らせるかに据えられている。
真っ白で、リボンのついた可愛らしいニット帽。
臆面もなく、それを買って帰る元マネの心中を考えると、何も言えなくなった。
あたしのマイは非通知です。