あたしは一人っ子だ。遅くに結婚した両親から生まれた。
職人だった父は体を壊し、入院することになり、あたしは5歳の頃に親戚に預けられた。
周りは大人ばかりで、一緒に遊ぶ友達と言っても、自分より年上の子どもばかり。いつも自分が一番年下、と言う環境に置かれた。だからと言って特別かわいがってもらうこともなく、どちらかと言うと味噌っかす扱いばかりだった。
親戚の家は、個人の商店をやっていたので、昼間は全く構ってもらえず、使わなくなったマニキュアのサンプルをもらって遊んだり、ひとりぼんやり過ごすことが多かった。
家に帰ってきても、その環境はあまり変わらない。近所に住む子は皆あたしより年上の子が多かった。遊んでもらっている、と言うつもりでも、どちらかと言えば足手まといで、ほとんどひとりで遊ぶことが多かったように思う。
一人っ子だからなのか、あたしはひとりでいることにことさら抵抗もなく、小学校に上がり、以前体を壊したまま稼ぎが悪くなり、そのことで飲んだくれる日々が続く父のために苦しくなった家計を支えるため、病弱な母が働きに出るようになって、ひとりで留守番をすることがあっても、退屈だとか思うことはなく、ただ、家の中にひとり、と言う孤独感にさいなまれることは多かった。
ひとり遊びは苦手ではなかった。むしろ集団で過ごすことにはあまりなじめなかった。
自分のポジションをつかむのにとても苦労し、素直に自分を表現することができず、他人との距離感を持て余しては悩んでばかりいた。
その日に楽しい出来事があって、家に帰って話をしても、年の離れた母親はあたしが何をそんなに楽しいと思うのかわからないらしい。
箸が転んでもおかしい年頃にキャラキャラと笑い転げる様を見て、思うようにならない自分の体に苛立ちを抑えきれない父はうるさいと一喝し、そのことで涙ぐめば、めそめそしやがって、と怒鳴り散らされ、生きた心地もしなかった。
誰かと同じものを見て同じように感動し、同じものを口にして同じように味わい、自分の気持ちに共感し合う、と言うことがあたしの成長過程にはほとんど皆無だった。
恋をすれば変わるのだろうか、と思ったが、あたしが好きになった男たちはあたしがまるで興味のないものばかりに関心を持ち、あたしが興味のあるものには全く関心を示さなかった。
観たい映画も違う。食べたいものも違う。好きな色も、何もかもが違うのだ。
結婚すれば変わるのだろうか、そう思ったが、あたしが夫に選んだ人はやはりあたしが全く興味のないものにばかり関心を持ち、あたしが興味のあるものにはほとんど関心を示さず、唯一食べるものの好みが似通っていたことだけが救いかもしれない。
それでもあたしは順応する。彼が好きだというものを理解しようとし、いくつかは受け入れ、自分から好むようになったものもある。その逆はどうであろう。あたしの好きなものを彼は理解してくれているのだろうか。
そんな中で、彼はタバコを吸い、あたしは煙がまるでダメだ。それは身体的に受け付けないのであるから致し方なく、あたしが喘息の発作を起こしてるときくらい少しは気を使ってくれても良さそうなものなのに、むしろあたしがいることで思うように吸えないことのほうに苛立ちを感じるらしい。
あたしは仕事を始めてから酒を飲み始め、段々と酒量も増えていき、酒をおいしいと思うようになっていき、嗜好品のひとつとしてたしなむようになっている。
おいしいと思うものを一緒においしいね、と分かち合いたいと思い、つい勧めたのだが、彼は下戸である。お酒をおいしいと思ったことはないという人だ。
夏の暑い盛りのお風呂上りに飲むひとくちのビールだけが彼にとっての美酒であり、それ以外は受け付けない人なのだ。
それでも、仕事で飲む機会も増え、以前より酒量も増えてきたことだし、好んで飲むと言うわけではないにしても一緒に晩酌するくらいは構わないのか、と思っていたあたしはついつい自分が飲んでおいしいと思う酒を勧めてしまう。
彼が体調が悪いときに、つい自分だけ飲んでいて、しかもそれがあまりにもおいしいと思ったものだから、
「すごくおいしいんだけど、一緒に飲める人がいないから寂しいなあ」
とごく普通にあたしは言ったつもりだったのだが、そのひとことがすっかり彼の機嫌を損ねてしまった。
「嫌味ったらしいったら」
あたしはただ、おいしいと言うただそれだけを分かち合いたいと、それができないことが残念だと、正直に言っただけなのに。
ふと幼い日の自分に重ね合わせた。
自分が感じたことを誰かと分かち合いたい。悲しいことなら半分に、楽しいことなら2倍に、まるで何かの歌みたいだけれど、あたしはただ、それだけのことをしたかっただけなのだ。
幼い頃からずっと抱えてきた孤独は、いまだにずっとそのままだったのだ、と、本当に本当にくだらないきっかけで、分かち合えない痛みに涙が止まらなくなった。
あたしのマイは非通知です。