たまに××したり。
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2001年12月11日(火) ファザコン。〜たまにはまじめな話など〜

あたしの父は、いわゆる職人で、すごく気難しい人だ。
機嫌のいいときですら、近寄りがたい。
あたしの記憶のなかでは、
常に不機嫌で、周囲に当り散らす、と言うイメージしか残っていない。
子供のころに、無条件で父に甘えた記憶って言うのももちろんない。

そんな子供にとってはあまりありがたくない存在の父ではあったが、
いわゆる「外面」というのがすこぶる良い。
あたしは高校卒業して就職する際に、会社選びが面倒だったりしたこともあり、
(いや、もちろんそれだけじゃないけども)
父の働いていた会社が下請けを務めていた建設会社を選んだ。
もちろんきちんと試験受けて入ったし、成績もかなり良かったにもかかわらず、
人によってはそれを、「お父さんのおかげ」と思っていた人もいたようだ。
何かにつけ、
「あなたのお父さんはいいお父さんよね」
とか、
その会社の創立当時からの付き合いだったから、常務やら、専務やら、えらい人も
父をよく知っていて、何かとかわいがっていただきました。

ま、それもある意味、たしかに父のおかげ、ではあるんですが、
当時のあたしとしては面白くないわけで。
仕事をきちんとする、それはもう、社会人としてあたりまえのことで、与えられた
ことをきちんとやるのも当然で。
まぁ、そういう基本的なことをできない人が多いから、そういう部分が評価されるんでしょうが。
それでも、
ひとたび家に帰れば、酒飲んで家族に当り散らし、
その挙句、体を壊すという羽目に陥った彼を、子供として許せなかったんでしょう。
あたしのなかでは「サイテー」な父が、よそ様からは高く評価され、あたしが少しでも父に対する不満を漏らすと、あたしのほうが責められる。
そのことがあたしにはたまらなくイヤで。
外でいい顔をするなら、家族にも少しは優しくしてくれてもいいのに、と、
いつもいつも不満だった。

ある日、お酒が元で体を壊したため、お酒は絶つと約束していた父が、
正体不明なくらいまで飲んで帰ってきたのを見て、
どうにも腹に据えかねたあたしは思い切り父を罵り、
気がついたら思い切り殴っていた。
酔っていたとはいえ、大の男を、何度も殴ったり、蹴ったり、
それまで抱えていた、父に対する憎しみやらなにやらをぶつけていた。

父は殴り返すこともしなかったし、あたしに抗おうともしなかった。









今でも父は不機嫌だ。
あたしの子供たちが甘えても、よほど機嫌がいいときでないと、
迷惑そのものの顔をして、相手をしようともしない。

ただ、自分が親になって、まして、働いてみて思うのは、
父は父で、不器用だったんだ、と言うこと。
酒には飲まれてしまったけど、まじめな仕事振りは評価されて然るべきだし、
うまい息抜きの方法を知らなかったことを思えば、
それもまた、哀れなのかもしれない。


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