
目次|過去|未来
食事をしている私の横で、人間みたいに椅子にお座り。
あらあら、あなた何してるの?
紙にへばりついたシュークリームの皮を一生懸命食べようとしています。 ちゃんと前足で押さえてますね。
今日、知り合いのお母様が突然お亡くなりになりました。 死因はクモ膜化出血。(字あってる?) 元気だった家族と突然のお別れをしなければならないって、どれだけ辛いだろう。
私の両親は、今は病気することもなく元気に暮らしていますが、そう若いわけではないし、自分にもいつかそういう日が訪れるかもしれない覚悟が必要な年齢ではあります。 我が家には、脳梗塞で半身不随の祖母、そして障害者の叔父が同居しているので、常日頃から介護が身近にある生活。 思うように動かない体と、思うように言葉が出てこないことに苦しむ祖母は、たまに「早く死にたい」と泣きながら訴える。 家族に介護させて迷惑をかけているということがとても辛いと言います。 叔父も高齢なので足腰が弱ってよく怪我をするし、胃腸も弱いため下の世話なども必要。狭心症も患っているので、救急車で運ばれることも2年に1度はある。 「死ぬー!」と言って苦しがる姿を目の当たりにしたこともあるし、本当にそういう時は側にいる方も辛い。
大好きだった別の叔父が、数年前に癌で亡くなりました。 数回に渡る手術を受け、闘病生活が長かった叔父。 当時東京で暮らしていた私は、入院中の叔父と手紙交換をしていました。 本当に優しい人だったので、どうにかして助けてあげたいと思ったし、命が長くないと分かっても、少しでも元気づけてあげたくて、元気が出そうな本を探して送ったり。 「その子、いつもありがとう。とっても元気づけられたよ。」 という手紙の字面を見ては、いつも泣いていました。 どうしてこんなにいい人が、こんなに苦しまなくちゃいけないんだろうって。
時期や原因はそれぞれだけど、誰にも必ず死を迎える時はくる。 自分の親も、姉妹も友達も、そして自分も。 それを考えると、生きている間に出会える人にたくさん優しくして、たくさん好かれて、自分もたくさんの人を好きになれる人生でありたいと思います。 そう思っても、実際の生活の中で常に実践することはなかなか難しいんですけどね。
今日は知り合いの家族の死に遭遇し、こういうことを考えた一日でした。 たまにはこんな日もあります。
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