| 2003年07月23日(水) |
思い思われ恋いこがれ |
思うとか思わないとかは 思うと思った時点で思ってるわけで 思わないって思っても それはすでに思ってる。
思わないという行為は難しい行為で 物質としてなくなることは簡単でも 記憶をなくすことは難しい。
例えば いじめをなくそうとよく言うけれど いじめをなくそうと思ってる時点で なくなるわけがなく いじめがある(あった)という現象があるかぎり 世の中にいじめはなくならない。
いじめをしたこと(されたこと)がありますか? というアンケートをして 日本では何%とという結果がでるが
なんとかって国では いじめって何???という答えが返ってくるために アンケートにならないらしい。
それが思わないということで そういう事があると思ってしまったことで いじめがおこりえる可能性が出てきてしまう。
好きとか嫌いとか愛してるとか この人を好きと認識した時点でそれは 好きを認識する前の好きとは違う好きの ような気がする。
愛してるはどこまでいっても愛してるだけど (表現方法や感情の入り具合は人や時間や 場所によって違うけれども) 好きは好きの中にいろいろある。
好きを好きだと思うことが 自分の気持ちを納得させる簡単な方法だけど
好きを好きだけではなく いろんな事を思う事が 好きをさらに大きい好きにする。
好きだから何々をする という行為を行為が終わった後に 認識するのは別だけど 行為をする前に思うと言うことは 自分の中にいいわけを作ってしまうことで
人に聞かれた時に答えるのは別として 好きを好きを認識するのは 好きを好きにしてるだけなんかなぁ
と自転車こぎながら思ってみた
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