Opportunity knocks
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| 2002年12月04日(水) |
夢のなか (前回の創作の続き) |
薄暗い部屋の中に小さな女の子がいる。 それが誰であるか、わたしにはすぐわかる。 7歳の頃のわたしだ。 時計の針は夜中の1時をさしている。外は雨が降っていて、時々窓ガラスに雨粒が激しくあたる音がきこえる。そして部屋の中はじっとりとした湿気と冷気にみちている。
こどものわたしはテーブルに向かって無心に何かを書いている。 机の上にオレンジ色のお絵描き帳。 そうだ。唐突にわたしは思い出す。 大事にしていたお絵描き帳。わたしはそのお絵描き帳をとても大事にしていた。 何かのときに母親ではなく誰かが買ってくれたものだ。母親はそういうものをこどもに買い与えてくれる人ではなかった。わたしはそのお絵描き帳の中にいろんなことを描いていた。近所でみた猫、綺麗な花、木、虫、空、そして実際にはありえないものも描いた。たとえばにっこり笑った母親の顔、そして空想上の父親、あたたかな家庭団欒の図。 いつも何かに憑かれたように描いていた。熱心に描けばそれが本当になるとでも思っているかのように。もちろん本当にはならなかった。でもそれでもよかった。描いている間はその世界を信じる事ができた。描いているときだけに訪れる甘美な喜びをわたしはとても大切にしていたのだ。だから、そのお絵描き帳は誰にも見せなかった。自分だけのものにしておきたかった。誰にも邪魔されたくなかった。
相変わらず幼いわたしはお絵描き帳に向かって無心に何かを書いている。描き尽くして真っ黒になったお絵かき帳のわずかな余白を見つけて小さく細かく書いている。そのときわたしはいったい何を書いていたのだろう。少し考えてふと思い出す。古くて大きな家に住んでいる妖精の話。わたしは自分が作り出したその話を気に入って、繰り返し何度もそれを描いた。妖精が住んでいる家、家のそばに立っている大きな楡の木、妖精たちの部屋、小さなテーブル、椅子、ベッド、そんなものを次から次へと描いた。
幼いわたしは笑みを浮かべ、時々何か独り言を言いながら描いている。そしてわたしはそんな幼かった自分自身を、ただ呆然と眺めている。 しばらくすると、部屋のドアノブをがちゃがちゃ回す音が聞こえてくる。幼いわたしはすばやくお絵描き帳をタンスの後に隠す。母親が帰ってきたのだ。 幼いわたしの顔にはさっきまでの恍惚とした喜びの表情はあとかたもなくなっている。かわりに何かに追い詰められたような緊張感が小さな顔を覆っている。 「まだ起きてたのかい」 母親はそう言って幼いわたしを一瞥したきり、目を向けない。 化粧もおとさず、着ていた服を脱ぎ捨て布団の中にもぐりこむ。 幼いわたしはじっとすわったまま母親の布団を(布団のもりあがった部分を)眺めている。 膝を抱え、片方の手をもう一方の手でぎゅっと握りながら、部屋のすみに座っている。
ふと彼女は顔をあげてわたしを見る。その目にはなんの感情も感じられない。わたしは自分自身に見つめられて、息もできないくらい動揺する。彼女の目にわたしが映っている。 吸い込まれそうな目。彼女はまっすぐにわたしを見る。その一直線の視線はわたしをとらえる。わたしはどんどんその目に吸い寄せられていく。 「見ないで」とありったけの力をこめてわたしは叫ぶ。 暗い部屋の中、わたしの声はこだまのように響き渡っていく。
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