Opportunity knocks
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2002年01月13日(日) 冬季スクーリング最終日

冬季スクーリング6日目の朝。
睡眠、というよりはうたたね、といった方が適切なのではないかと思えるくらいの浅い眠りから覚めて、重い体をひきずりながらいつものように支度をはじめる。
いつものように始発のローカル線に乗り新幹線に乗って大学まで。

午前は、癩文学の講義の最終日。レポートの課題が発表された。
予想していた通り、癩病を取り上げている文学作品を1つ挙げ文学と社会のつながりについて考察せよ、というもの。
講義の中で北條民雄を多く取り上げてきたが、ほかの作家の作品でも構わないとのこと。しばらく考えてみる。

今日の講義は、北條民雄の作品を一つ一つとりあげ、その作品の背景を教授が詳しく解説していく、という感じで進んでいった。それぞれの作品の解説を聞いていると、北條民雄がどういう視点で作品に取り組んでいたか、それぞれの作品にどういう思いが込められていたのか、ということがよくわかる。北條民雄の日記みたいなものが残されていて、こういうことが書かれてあった。

「・・・・原稿を書けば検問を考へて苦しまねばならず、手紙を書けば向うへ着いてゐるかどうか心配せねばならず、雑誌に作品が載れば雑誌を買ふのに気を揉まねばならぬ。なんといふことだ、なんといふことだ。
のびのびとした、平和な、自由な、なんのさしさはりもない気持で作品を書きたい。日々を送りたい。その上に病気の苦痛は否応なく迫つて来る。」

その当時、北條民雄の周りを取り囲んでいたニ重三重の様々な苦痛を感じて、胸が痛くなるほどだった。自由を奪われ、精神的な差別に苦しみ、その上、肉体的な痛みに苛まれる毎日。今の現代と較べてどうこうと言いたいわけではない。
ただ、そういう病苦を背負って生きていたひとりの作家がいたことに、純粋に心を動かされてしまうのだ。

やはりレポートは北條民雄の小説をとりあげて書こうと思う。
去年からこのひとの作品を読んで自分なりにいろんなことを考えてきた、
それを率直に言葉にできたら、と思う。


午後は体育実技の最終日。
今日は大学周辺でウォークラリー。
大徳寺周辺がコースになっていて、冬を忘れるくらい柔らかな風に吹かれながら
のんびり歩いた。
のんびり歩くといっても、ウォークラリーは一応スポーツの一種なので、コマ図とよばれる地図をみながら、一定の速度でポイントをまわらなければならない。
それにもかかわらず、写真をとりながらのんびり歩いているので一緒のグループのFさんやTくんに「N!はやくあるけー」としょっちゅうおこられる。だけども気持はもうウォークラリーというより、寺巡りという感じになっているので、時々は早足になりながらも、ほとんどはゆっくりのんびりたのしみながら歩いた。
そのおかげで予想通り到着予定時間を大幅にオーバーして、ポイントをおとしてしまったのだけど、すごくすごく楽しかった。


午後の体育実技が終わってから、友達になったひとたちと一緒にご飯を食べにいった。教育学部のTくんとFさん、史学科のHくん、社会応用学科のIさん、そしてわたしと同じ学科のNさん。
Tくんがバイトしている焼肉屋がおいしいというので、そこにいくことにした。
ビールでカンパイして、互いに長いようで短かったスクーリングの労をねぎらった。TくんとHくんは今、教育実習のための単位をとるのに大忙しで、もうすぐ教育実習が始まるそう。そして今年の7月にある教職員採用試験を受けるとのこと。
現役教師であるNさんが、いろいろと話をしてくれた。今いちばん採用試験が受かりやすいのは北海道らしい。Hくんは地元の京都で教師をしたいといっていたけど、Tくんは日本全国どこだっていくよ、といっていた。2人とも外見は先生、といった感じではないんだけど(ごめん笑)、性格的にはすごく合っているのではないかと思う。うまく受かれば良いなと思う。


9時ごろにみんなと別れて、新幹線に乗った。
昨日からずっと忙しくて、それでもって寝不足で、かなり疲れているはずなんだけど、何故か足取りも軽く元気で帰ってくることができた。
迎えにきてくれた連れ合いが、「おまえゲンキだねえ・・」となかば呆れていたくらい。(アルコールのせいも少し?あるかもしれない)

良い感じでスクーリングを終える事ができてほんとうに良かった。
明日からはまた地道にレポート書きがはじまるけど、学ぶという楽しさをまた一段と進歩させることが出来たと思う。

また明日から、がんばろう。


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