ひとりカーニバル
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2002年05月15日(水) 踊らにゃソンソン

カウンター、自分で500ヒットしちゃったよ。しょうがないから、自分でささやかなお祝い、500円貯金。チャリン。て、貯金はいいけどサイフから金出ちゃったじゃん!これじゃ買い食いもままらない〜〜、お祝いかこれ〜〜!

とまぁ、こうやってひとりで騒いでみるのがこのひとりカーニバルですけども。サンバのリズムに乗り遅れ、ひとり日舞でも踊り始めたような気分で、今日も再出発です。


祝いといえば、こんなことがあったなぁ。

この日記が始まってからしばらくたったある日。この日記の開店祝いとして、ここの管理人b-maxさんからみかんを一箱頂いた。

箱にはちゃんとのし紙が貼られており、表書きには「開店祝い」と書かれてある。そしてその下には「餅」。ん……、餅?

中に餅が入っているかといえば、そうではない。開けてみたが、中ははみかんで満載だ。これはいったいどういうことか。わたしは考えた。

餅。おめでたい雰囲気が伝わってくる。

「餅」は、その言葉だけで花輪のように備えて美を飾るという意が感じられ、しかもずっしりと風格がある。鏡餅のイメージだ。しかも上にのせるのはみかんだ。立派な鏡餅をこれで締めくくって下さいという念が込められている。なんなら、この毛筆の書体でかかれた「餅」の字の上にのっけてもいい。ヴァーチャル鏡餅だ。

しかし、お礼ついでに聞いてみるとこういうことだった。その頃わたしは「インディアン餅つかない、インディアン餅つかない」と

ひとりで

よくのたまっていたことから、のし紙ににそれを記載してもらおうとして

「“インディアン餅つかない”って書いて下さい」

と店員に頼んだらしい。ワオーーー!やっちゃったよこの人!!そしたら「もう少し短くして下さい」と言われ、結果短くなって、「餅」ということに。熱い、熱いよママン。

わたしはそのいきさつを、鼻水の出る思いで聞いていた。アンタ漢だよ。そしてそれを聞いて動じなかった店員にも、敬意を表したい。




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