あまつばめの雑記
こんばんは。いらっしゃいませ。

2002年08月15日(木) 敗戦日にオモフ

12時。
正午の時報と共に、1分間の黙祷。
感慨はない。
その世代に生きたわけでなく、話でしか知らない戦死者のために祈る。
ただ、今は平和だから、60秒間だけは何も考えずに受け止める。
戦争を知らない大人たちが、自分達より若くして死んでいった英霊達のことを、ちょっとだけ感じる時間。

こんばんは、あまつばめです。
今日は第2次世界大戦が終わった日。
日本の敗戦日です。


メディアで流れる『終戦記念日』って、変に感じませんか?
日本にとって、戦争が終わった日であるのは確かです。
でも、戦争を止めたのでなく、あきらめ、負けた日なのです。
『記念日』って言葉、使うべきじゃないのでは?

『終戦日』もしくは『敗戦日』が正しいと思います。
『終戦記念日』と書いてしまうと、その日は嬉しく待ち望まれていた日に思えてしまいます。
多くの犠牲者が出て、数多の悲劇を起こし、無数の傷痕を残す戦争。
焼け跡で人々は思ったのでしょう。
「繰り返してはいけない」と
厳粛に受け止めるべき日です。
それを『記念日』としてしまうと、悲しみが薄れて行きます。
人の死にかかわった日を『記念日』と称してしまうと、『死』そのものが軽く感じられます。

仮に祖父の3回忌に、
「今日はおじいちゃんの『死亡記念日』ね」
といってみてください。

ひどいことを言っていると思うなら、『終戦日』『敗戦日』と言いなおして下さい。
これからで構いませんので。
ちょっとした、言葉の心遣いに気がついて欲しいのです。



今年は(小泉)総理大臣は、8月15日の靖国神社参拝を取りやめました。
諸外国の批判が強いからです。
でも、間違っていたとはいえ、国のために命を賭していった人たちを、国の指導者の人が参拝してほしかったです。
戦争の肯定でなく、アヤマチを見つめなおすために。
怒る人もいるでしょう。
でも、間違ったことすら忘れてしまって、のほほ〜んって生きられるほうが、大きな怒りになりませんか?
戦争を知らない私たちが、同じアヤマチを繰り返さないためにも、靖国参拝をして話し合ってほしかったです。



知人が言いました。
「戦争は、まず多くの人を殺し、その後で多くの生かす発明だよ」

賛成はしません。
反対もしません。

医療・運搬・エネルギーなどの分野は、戦争があると飛躍的に進歩します。
もし、今までに1度も争い事がなかったら、今の生活は不可能です。
多くの犠牲の上に、今の生活が成り立っている。
ゆるぎない事実です。

でも、未来の幸せのためと現在を切り捨てたら、本当に笑えますか?

知らずに生きている屍の上。
平和と浮かれるだけでなく、足元を見ることも大切です。


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