12時。 正午の時報と共に、1分間の黙祷。 感慨はない。 その世代に生きたわけでなく、話でしか知らない戦死者のために祈る。 ただ、今は平和だから、60秒間だけは何も考えずに受け止める。 戦争を知らない大人たちが、自分達より若くして死んでいった英霊達のことを、ちょっとだけ感じる時間。
こんばんは、あまつばめです。 今日は第2次世界大戦が終わった日。 日本の敗戦日です。
メディアで流れる『終戦記念日』って、変に感じませんか? 日本にとって、戦争が終わった日であるのは確かです。 でも、戦争を止めたのでなく、あきらめ、負けた日なのです。 『記念日』って言葉、使うべきじゃないのでは?
『終戦日』もしくは『敗戦日』が正しいと思います。 『終戦記念日』と書いてしまうと、その日は嬉しく待ち望まれていた日に思えてしまいます。 多くの犠牲者が出て、数多の悲劇を起こし、無数の傷痕を残す戦争。 焼け跡で人々は思ったのでしょう。 「繰り返してはいけない」と 厳粛に受け止めるべき日です。 それを『記念日』としてしまうと、悲しみが薄れて行きます。 人の死にかかわった日を『記念日』と称してしまうと、『死』そのものが軽く感じられます。
仮に祖父の3回忌に、 「今日はおじいちゃんの『死亡記念日』ね」 といってみてください。
ひどいことを言っていると思うなら、『終戦日』『敗戦日』と言いなおして下さい。 これからで構いませんので。 ちょっとした、言葉の心遣いに気がついて欲しいのです。
今年は(小泉)総理大臣は、8月15日の靖国神社参拝を取りやめました。 諸外国の批判が強いからです。 でも、間違っていたとはいえ、国のために命を賭していった人たちを、国の指導者の人が参拝してほしかったです。 戦争の肯定でなく、アヤマチを見つめなおすために。 怒る人もいるでしょう。 でも、間違ったことすら忘れてしまって、のほほ〜んって生きられるほうが、大きな怒りになりませんか? 戦争を知らない私たちが、同じアヤマチを繰り返さないためにも、靖国参拝をして話し合ってほしかったです。
知人が言いました。 「戦争は、まず多くの人を殺し、その後で多くの生かす発明だよ」
賛成はしません。 反対もしません。
医療・運搬・エネルギーなどの分野は、戦争があると飛躍的に進歩します。 もし、今までに1度も争い事がなかったら、今の生活は不可能です。 多くの犠牲の上に、今の生活が成り立っている。 ゆるぎない事実です。
でも、未来の幸せのためと現在を切り捨てたら、本当に笑えますか?
知らずに生きている屍の上。 平和と浮かれるだけでなく、足元を見ることも大切です。
|