2010年12月20日(月) |
甘ちゃんだったんだなぁ |
現実を見て 社会を見て ひとを見て
ああ これは無理だな 迷惑がかかってしまうから 家族に 誰かに
だから これは駄目だな 諦めよう
そこで思考は終了
迷惑がかかるということは すなわち 助けてもらうということ
迷惑がかかるから 助けてもらわなきゃならなくて 負担をかけることになってしまうから 諦める
それが大人の考え方だと思っていた 現実を理解した当たり前の見方だと
でも 『なに甘えたこと言ってるのかしら』 そう 呆れ果てた目で 今日みつめられた
『どうしてそれを打破してまでやろうという情熱がないのかしら』
『誰かに迷惑をかけてしまうなら、かけずに達成する方法をなぜ工夫しないのかしら』
『自分でどうにかしようと出来ないのかしら』
言葉としては普通のお話や口調だったと思う
「みんな色々考えて、工夫してるみたいよ。まるで法の穴をかいくぐっていくようにして、自分のやりたいように出来るのね。したたかというか…たくまわしいわね!」
その声音に 罵りや呆れは伺えなかったけど その瞳は 間違いなく伝えようとしていた
あなたは甘えている あなたがどうにかすれば 諦めなくてはならないなんてことは なにひとつだってない あなたはもうこどもではない 自立もせずになにをしている 情熱があるのなら 自分の手でなんとかしなさい
私はその瞳を そらさずに見つめることしか 出来なかった
その瞳が語る気持ちを 真摯に聴くことしか 私に出来ることはなかった
穴があるなら入りたい 顔をかくして逃げ出したい 心底自分が恥ずかしかった
反省する 反省するから そんな目で私を見ないでくれ
叫ぶかわりに 私は一生懸命 みつめて きいた
あれは励ましじゃない ましたや慰めでもない
喝
叱られた 真正面から感じた
諦めるのなら諦めるなさい 自分で何もせずに その程度の情熱ということよ
泣きたくなんてならなかった 苛立ちだってしなかった 恥ずかしかった
自分を正当化する理由を 慌てて探したけれど 見つからなくて やはり恥ずかしかった
なんと言ったらいいのか なんと言葉を返せるのか ぐうのねも出ない
頭で考えても 何も浮かばず 心から ひねりだした
「しぶとく 頑張ります」
|