原案帳#20(since 1973-) by会津里花
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2002年12月29日(日) アディクションについて 忘年会 Eva Cassidy(続き)

★1・生の体験者の発言
★2・寝過ごしたぁ〜〜(T_T)
★3・エヴァ・キャシディ



★1・生の体験者の発言

原案帳メールより。

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From: "章香(あやか)"jackie-matthews@ezweb.ne.jp
To: ayaka@jackies.jp
Sent: Sunday, December 29, 2002 7:29 AM
Subject: 原案帳:貴重な体験



薬物中毒の経験談を聞くことができて、なんかすごく共感してしまった!
「アディクション」てどれも似たところがあるのかも。
はっきり言って、抑鬱状態の時の私と同じだ、と思った。

さあ、お店も今日は終わりだ。
まあ、そこそこ繁盛したから、いいか。


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*注:「アディクション」とは、自分にとって決して良いことではないのに
いわば「ハマって」しまい、やらずにはいられなくなること。
例えばこの「原案帳」も、
時には他に優先してやらなければならないことだってありそうなのに
そういうことをぶっちぎってしがみついて書いてることがあるので、
そういう意味では軽い「アディクション」。
目安「8000字(って原稿用紙20枚だよ!?)以上書いたら異常」とか(^^;


お店に6時までいてよかった。
もちろん「時間外」なんてつかないんだけど。
あ、それから、これはあくまで、お客さんの「過去の体験談」。 今はすっかり立ち直っているとのこと。
まあ、そういう人だって来る、ということ。

私には関係ないし、関係もちたいとも思わない。
当たり前か。そんなこと。
いやいや、そんなことない。
私だって、たまたま違法でないだけで、たちの悪いアディクションにはまったこと、あるじゃん。

それは、「仕事」。

仕事は時には麻薬の代用品になってしまう。
そうなりやすい人は、仕事をしてはいけないのだ。

「そんなこと言ったら、生きてけないだろう。
資本主義の世の中なんだから」

もしかしたら、資本主義も、適度なコントロールがないと暴走する
「アディクション」の一種か。

……
しっかり納得してしまった。
そのとおりだと思う。

「働かなくても食うことのできる人が存在できる」
ということが
資本主義というアディクションからの「回復」なのだ。

それを、もしかしたら「革命」と呼ぶのかもしれない。

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★2・寝過ごしたぁ〜〜(T_T)

なっち、ごめーーーん!!
目が覚めたら午後1時だった!
慌てて電話したら「今日はいいよ、またこんどね」って
言ってくれたけど……
うーん、ものすごく申し訳ないっす!! <(_"_)>

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で。

今日は劇団の忘年会、楽しみにしていたのに、
お店の忘年会とダブってしまった。
(本当は「先約が勝ち」なのに……)

「裸の女王様」に振り回されております……(-_-;

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★3・エヴァ・キャシディ(まだまだ凝ってる)

聞けば聞くほどすごい。

なんて「地味」な音楽なんだ!!
普通だったら、きっと聞き流しているだろう。
っていうか、「聞き流すための音楽」と耳が解釈してしまう、というか。
(ああもうっ、だから音楽のことを文字で書くのは嫌いさっ!(/_;)
なんにも伝わんないじゃん! だから、ほら、今流れてる、この音!!
……なんて悔しがってもなんにもならず(-_-;)

バックミュージシャンたちも、はっきり言って
(たとえばビッグアーティストのライブとかのように)
気張ってしまったりしてない。
ヘタすれば
「いいから好きなようにやりな。俺たちは後ろで適当にやってるから」
とでもいう感じ?
……そこまで言ってもいいのか? ……でも、ホントそんな感じなんだもん。
まあ、誰でも知ってるような「ふつうの曲」を「ふつうに演奏している」だけなので、
今さら何をややこしいことを、という感じなのだ。

なのに。

その「てきとー」さ加減っていうか露骨に言うと「いい加減さ」、っていうか
「癒し」を伝えてくれるのだ、私に。

もちろん、エヴァ・キャシディ本人は精一杯歌っている。
「きちんと」歌っている。
でも、たとえば、曲によっては、アレンジ譜さえもなく、
きっと「曲名」だけで一発あわせて録音しておしまい、と聞こえる曲だってあるのだ。

エヴァは、生前はそれほど目立った音楽活動をしてはいない。
ていうか、"Eva Cassidy Bio"によれば、
生活の中にすごく自然に音楽があって、その中で、いわば「生活感覚」として
ヴォーカルの才能を育んでいった、というようなことが書いてある。
(いや、書いてない。私が勝手に解釈している……ごめんなさい。でも、音がそう言ってるんだもん!!)
それで「これから本格的に音楽活動を始めよう」と思って、
CD1枚出したら、癌であっというまに亡くなってしまったのだった。

ミシェル・クァンのフィギュア・スケートに採り上げられた、ということもあるだろうけれど、
エヴァの死後、エヴァの音楽、っていうより「歌」のすばらしさが、
ほんとうに少しずつ、じわりじわりと、世界に広がりつつあるのだろう。
また、そのような現象をもたらすのにふさわしい音楽性だとも思う。

……

言葉が多くなるのは、言葉にならないものが多すぎるから。
もう降参しよう。
もう10回くらい、MDにダビングした「Songbird」を聞いてる。
興味のある方は、このCDタイトルから↑「Amazon.co.jp」へジャンプできるので、
ぜひ買って聞いてください。

実は、ビデオはほとんど買いたいと思わない=レンタルですませるけれど、
CDは「買う価値のあるもの」の存在がちゃんと理解できるのだ。
もっというと、ある音楽に対して評価っていうかリスペクト(敬意)を持ったら、
それは決してレンタルですませてしまうのではなく、買うべきだ、と思っている。
必要があって(仕事にせよ生活にせよ)借りなければならないものも多いし、
いわば「試聴」のつもりで新譜を借りることもあるけれど、
流行が終わる頃までには「買うべきかどうか」が決められる。
「流行」そのもののように、常に最新のものを知らなければ意味が無いなどとは思わない。

だから、私がCDを買うのは、流行る前か後だ。
エヴァは、流行っているのかしら?
よくは知らないけれど、……まあ、いいや。

流行は世相を反映するけれど、
決して音楽そのものの良し悪しと直接つながっているわけではないのだから。

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