キ ミ に 傘 を 貸 そ う 。
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2007年02月10日(土) 与えすぎの罪。


『はるちゃんはいいこだねー。』

Jは最近私をちゃん付けで呼ぶ。

Jがインフルエンザにかかって、急に優しくなった。
メールもたくさん送ってくる。
すごく嬉しいけど、何だか変だ。

そして、『はるちゃんはるちゃん。』とか
『はるちゃんは優しいねー。』とか言うので、
「大丈夫?頭にまで変な菌とか入った・・・?」と聞くと
『おいこらおまえ・・・(笑)』と言うのだった。


君は私のことが好きで、手放したくないと思っているのは感じるけれど
でも追いかけているのはいつも私の方で、たまに疲れちゃうんだ。

よくドラマとか(?)で、別れそうになっている恋人とかのシーンで
「もう君のこと愛せない」とか言って、でも相手が
「いや!お願いだからそばに居て!あなたが居ないと無理なの!」
とか言うのが私には分からない。
(何じゃそりゃ。)


相手にとって私が1gでも重くなったら
私は全ての自信を失って、恋人から離れていくと思う。
たとえ自分がその人を愛していて、本当は一緒に居たいって思っていたとしても、別れを選んでしまうと思う。
別れる辛さより、重いとか面倒だとか想われる辛さの方が痛いから。
私は強くなれない。

だって私は、誰かに救われたいというよりは、常に誰かを救っていたいから。
Jが私に救いを求めなくなったとき、
つまり、私が居なくても生きていけるようになったとき、
私がJを必要としていても
私はJから離れていくんじゃないだろうか。

「救ってよ。そばに居てよ。」と言われて、私がそれに応えてからでないと、
私は「私を救って、そばに居て。」と言えない。

つまり、相手が何かを求めてくれないと
私も相手に何かを求められない。
つまり、誰かに何かを求めるのが苦手なのかもしれない。
求められるなら、いくらでもいい。
いくらでも私は応えてあげたい。



君の愛の言葉がしくて欲しくてたまらない。
だって私は君に十分すぎるほどの愛を与えている。
だって私は君を十分すぎるほど愛している。


うん、私はもう「与え」ている。

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