| 2009年04月08日(水) |
■よかれと思った行動が、評価されないこともあるけれど… |
人は他人に無責任な2つの言葉を用意しています。 たとえば、なにかに懸命に取り組んでいる人に対して、 「彼は脇目も振らず、集中力のある人だ」 「彼は視野が狭い人だ。もっと広い視野を持たせなくては」 と、2つの言い方があります。同じように、 「彼は頼んだことをなかなかしないルーズな人だ」 「彼はよく考え慎重で賢明な人だ」とも言えます。 この正反対の評価の分かれ目は、その時の好き嫌いの感情です。 (略)
また、よかれと思った行動が、 「出過ぎている」「余計なことをしてくれた」 となどと言われてしまうこともよくあります。
しかし、そんなことなら人に善意を示すことなど馬鹿らしいと、 思い止めてしまうのでは救いがありません。 内と外で善意の評価が180度違うことがあったとしても、 、悪はどこまでいっても悪 であることに変わりはないのです。 ゆえに自分の信じるところに従って、 善を行う勇気と根気が求められます。
出典元 「偶然と幸せの法則」 おすすめ度 5 著者名 安部 芳明
人は、そのときの感情や好き嫌いでいろいろなことを言う。 もちろん、自分だってそうだ。 他の人のしたことを見ては、あれこれと勝手に評価し、 ああでもないこうでもないと好きなことを言っている。
自分もそうなくせに、人から何か言われると、 それが自分の思いと違っていて、さらに悪いことだと、 かなり動揺したり、ショックを受けたりする。 もちろん、その反対のときもある。 自分の思いが伝わり、それがいいように言われると嬉しい…
人は、好きなことを好きに言う… 人によっては、両極端な評価もされる。 だから、人に何かを言われること、評価に、 あまりに振り回されると何もできなくなってしまう。 どうしていいかわからなくなってきてしまう。
こんなとき、必要なことは、 自分の軸をしっかりと持ち、仮に何を言われても、 「自分は、こう思ったのでこうやりました」 と、はっきりと言えること、あるいは、 心の中で、思えることではないかと思う。 かなり勇気がいるが、そうしないと、 自分の心がちゃんと保てないように思う。
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