| 2007年12月23日(日) |
■「幼児は願望で世界をみる」つまり、小さい頃の記憶は、事実とは違っているかも知れない |
フランスの優れた心理学者であるワロンが 「幼児は直接法でなく、願望法で思考する」 と述べているように、幼児は事実そのものではなく、 願望で外界を解釈する。 したがって、願望が満たされないと、 「自分は愛されていない」「嫌われている」と 感じてしまい、それに応じた自分を作り上げていく。
こうしたことがあるために、親子カウンセリングをしてみると、 一つの事実についての親とその子のとらえ方が全く 異なることがある。たとえば、ある女の子は、 家族が川の字になって寝ていた幼い頃、父親に甘えたくて 父親の方を向くと、いつでも父親は背を向けて寝ている。 それは父親は自分を嫌っているからだと思って、 いつも悲しくなったと言う。 ところが、父親にとってはそちらを向いて寝るのは、 単なる癖にしか過ぎなかった、と言うのである。
出典元 「なぜ、自分はこんな性格なのか? 」 著者名 根本 橘夫
そして、有名な心理学者のアドラーは、 このことについて、こう言っている。
「特に、幼年期にできた思い違いに重きをおかねばならない。 なぜなら、それがその後ずっと永い人生を規定してしまう からである」
また、この本では、こう言っている。
「自分が苦しんでいるこの性格は、幼い自分が生きるために、 親を始めとした周囲の人々に対応してできた性格である。 だとしたら、自分だけの責任ではない。 自分だけを責めることはない。 といって、親を責めてもしかたない。 親もまたその親の被害者であるのだ。 完璧な親に育てられた人はいない。」
私は、「幼児は願望で世界をみる」 ということを知ったときかなり衝撃を受けた。 つまり、小さい頃の記憶は、 事実とは違っているかも知れない、ということだ。 私が持っている親への印象(特に切ない印象)は、 事実ではなく、幼児の頃に私が持っていた願望が 叶わなかったゆえのことであるかもしれず、 実は親には親の事情があり、親の意図とは違う解釈を しているということがありうるかもしれないのだ。 そして、こうした意図の違いや解釈の違いを、永い間、 かかえたまま大人になってきているかもしれないのだ。
「幼児は願望で世界をみる」それはもちろん今も変わらない。 幼児の持っている願望が叶わず、それがどういうことか、 例えば、何かを買ってもらえないのは、 親に愛情がないからではなく、本当にお金に困っているからだ、 ということを知らなければ「自分は愛されていない」などと、 誤解してしまう、ということにもなりうるのだ。
もしかしたら、こんな誤解が、 自分の親も、そのまた先の親も、ずっとしてきていて、 それが、めんめんと受け継がれてきているのかもしれない… そんなことを考えさせられたのだった。
■「ぼちぼち日記」↓ 「ふと気づいたら、気になるものたち」
今まで全く目にもとめなかったけど、ふと、気づくと、 「おおっ、こんなところに、こんなものがいたんだね〜」 なんて、気づくこともある。今日は、そんな目立たないけど、 そこにいるものたち紹介だ。
■今日のおすすめ本 ↓ 「性格は変えられない、それでも人生は変えられる」 アルバート・エリス著
心理学「論理療法」を最初に提唱し、アメリカのサイコセラピー界に 革命を起こしたと言われる心理学博士の書いた、論理療法を実際に するためのテクニックと考え方が書いてあるやや専門的な本。 (心理学の知識を若干必要とすると思います)
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