| 2005年05月05日(木) |
わたしたちは見えているのに、見えていない、 聞こえてくるのに聞こえていないということがたくさんある。 |
平穏無事な日常のなかでは、 わたしたちは見えているのに、見えていない、 聞こえてくるのに聞こえていないということが たくさんある。
何か困難な問題が生じたとき、 不幸な事態に直面したとき、 はじめて見えてくること、聞こえてくることがある。
苦しさが自分と向き合うきっかけになる。 悩み続けることが大事なのはそのためだ。
■「幸福コンプレックス」より■ 中嶋 真澄著
少し次元が違う話になってしまうが… 今回の連休の山菜採りで山を歩いて、 いくつか考えさせられることがあった。
まず、山の荒れ方である。 山の奥に、車や、家電製品、家具などが捨てられている。 それも、あちこちにである。 なぜ、安易に捨ててしまうのだろう。
また、木の伐採である。 伐採の理由がよくわからないので、 無責任なことは言えないが、 毎年山に行くたびに、山の木たちが伐採され、 山は無惨な姿になっている。
また、山の中に新しい道が次々に出来ている。 なぜ、こんなところに道路が必要なのか、 そのために、どうして山を切り崩すのか、 よくわからない。
きっと、それぞれにそれぞれの理由があるに違いない。 しかし、山は声を出せない、ものを言わない。 山はじっと耐えているように見える。 だからと言って、山の声を聞かなくていいのか、 山の現実を見なくてもいいのか…
今回、いろいろと気になったので、とりあえず、 木の伐採について、少し調べてみることにした。
■今日のおすすめ本→深い人間心理を知りたいとき 「人は変われる」 ■ぼちぼち日記
|