| 2004年10月28日(木) |
信じるかどうかはあなたの勝手だが、「怒り」は、ときとしてとても役に立つ。 |
信じるかどうかはあなたの勝手だが、「怒り」は、 ときとしてとても役に立つ。 怒りは、人を動かす。 それは怒りが“エネルギー”だからである。 人が怒ると、多量のアドレナリンが発生して脳を刺激し、 神経が活発になって、力がわいてくる。
あなたはこのエネルギーを肯定的にも 否定的にも扱うことができる。(略)
怒りのエネルギーは、うまく利用することができる。 だから、自分の怒りを判断するとき、 良い悪いか、正しいか誤りか、といった判断を くだすのではなく、怒りの表現が 「適切か不適切か」ということに 焦点をあてて考えるべきなのである。
「ささいなことでカッ!となる男たち」より トーマス・ハービン著 深井 照一/佐藤 美保訳 廣済堂出版
怒りの感情の扱いはやっかいだと思う。 確かにエネルギーかも知れないが、やっかいだ。
しかし、そうばかりも言ってられないので、 このごろ、怒りの感情を持つと、 なぜ、こんなに私は怒っているのだろう、 どこに、何にそんなに怒っているだろうと、 考えるようになった。(反省を込めて)
だいたいは、 自分がバカにされているんじゃないと思ったとき、 (おいおいそれはないだろう、ふざけてんじゃないわよ) 何かをやっていて理不尽だと感じるとき、 (ちょっとおかしいんじゃないの、その対応) 何度も繰り返されて、あきれるとき、 (またぁ?いいかげんにしてよ) 私の場合は…こんなものだ。
こうして書いてみると、かなり単純に思えるが、 本人は真剣である… そして、怒った後にむなしさを覚える。 そして、最後に自分に腹を立てる。 (また、やっちゃったなぁ…)
この怒りの感情を肯定的に扱えるようになるには、 歳でなく、相当精神的に大人にならないと 駄目だなと思う。(無理か…)
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