| 2004年09月18日(土) |
社会は、なにが「ふさわしい」かを決めてしまうので、「ふさわしい」とされる世の中の規範からはずれると、 |
社会は、なにが「ふさわしい」かを決めてしまうので、 「ふさわしい」とされる世の中の規範からはずれると、 人は罪悪感を感じることがあるのです。(略)
悪いことをしたわけではないのに罪悪感を感じてしまうと、 人はその原因をつきとめようとして 自分が罪だと思う行為を心のなかに思い描こうとするものです。 はるか昔の、とるに足らないことをあてはめてみたり、 自分で悪事をでっちあげたりします。
「いつだって、誰かがいてくれる」より A.J.ツワルスキー著 笹野洋子訳 講談社
プロ野球の古田選手の苦しそうな顔を見ると、 「あなたが悪いんじゃない」と言ってあげたくなる。 きっと、どこかに罪悪感を持ってしまっていると思う。 (もちろん、迷いやもっと重い想いがあるのだと思うが)
自分が正しいと思ったことや、 自分の信念を貫くときでさえ 人は罪悪感を持ってしまう。 また、世の中の多く人が、支持してくれても、 多くの人が「正しかった」と言ってくれても、 罪悪感を持ってしまったりする。
それほどに、罪悪感とは、自分で制御できない、 押さえようとして押さえられない、 人間的な感情に私には思える。
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