| 2004年09月07日(火) |
親しくなっても、なれてはいけないのです。 |
親しくなっても、なれてはいけないのです。 親しさをはぐくむ努力には、よりよい人間関係をつくり、 友好関係を継続させる効果があります。
しかし、自分の立場や役割を忘れて、気を抜いたとたん、 親しさは惰性にのみこまれて、なれなれしさに姿を変え、 不作法を犯すことになってしまいます。
相手は、あなたの態度が鼻についてきます。 不快になるのです。
「好かれていると思っている男、 嫌われていると思っている女」より Dr.ジョージ著 鈴木 文織訳 中経出版
親しかったら(或いは恋人同士だから、夫婦だから) 何をしても、言っても、許されると思い込んでいて、 それが「親しさ」だとか、「愛」だとか言う人がいる。
親しいから頼み、あなただからこんな事も言えるなどと言って、 好き勝手なことをしたり、何かを押しつけたりされる。 (もっとあるが…)
私は、そういう「親しさ」や「愛」は、いらないと思っている。 あっても、押しつけられた「親しさ」や「愛」は、不愉快なだけだ。 もちろん、そんな友人もいらない。 「親しき仲にも礼儀あり」…本当にそうだと思っている。 どんなに親しくても、不作法は不作法でしかない。
などと、書いてきたが…… 自分の両親、隣人に対しては、どうしても 自分の価値観を押しつけ、「親」だからこうあるべきと言い、 隣人には、毎日生活してるからついついぞんざいな口をきき、 すっかりと慣れきってしまっている。
これじゃぁ、「愛のテクニック」など身に付きそうにもない。 いかんな…何とかしなくちゃ。
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