追憶と忘却と回帰


2004年07月30日(金) 病院の帰り道。

風が強かったという名目で、歩いて近所の病院まで行くことにした。
病院にいく前に、本屋で雑貨(バスソルト)を買って、少しゲーセンに寄って、時間になったら病院へ。

喉の炎症が声帯まで来ているのだそうだ。

「ふーん」としか思えず、薬を貰って帰宅。


なんとなく、ガキの頃が恋しくなった。
行った病院が小児科だったからだろうか?
帰り道、いつもと違う道を通ることにした。


病院から真っ直ぐいくと、
右手には、僕が小学校2年生の時に6年生だった(当時の)「班長さん」のおうち。
名前は、なんだっけ。そうだ、「こうちゃん」だ。
苗字も忘れてしまった、表札を見たら、「加藤」だった。
・・・加藤じゃなかった気がする。なんだっけ。
そういえば、ちょっと庭が小奇麗になってる。
違う人なんだろうか・・・?

そのすぐ隣のアパートには、3人兄弟がいた。
「ゆりちゃん」と、その弟の顔は覚えているけれど、あとが思い出せない。
ゆりちゃんと双子のおにいちゃんがいた気がする。
そういえば、このアパートには「つくしのおばちゃん」って呼ばれていた、凄く太ったおばちゃんがいた。
愛想のいい人だ。
「つくし子供会」の役員をしてくれたときから、そう呼ばれるようになったんだっけな。
ここ数年見ていない。
あと、ここらへんに、「けいこちゃん」っていう、これまた凄く太ったお姉さんがいた。
この人も、数年見ていない。

まっすぐ歩くと、T字路のはずだった。

・・・無い。T字路が無い。L字になっている。
左に行く道路が潰されたらしい。家があった。

ここを左に行くと、なにがあったかな。
おじいちゃんおばあちゃんと暮らしていた「たいちゃん」の家と、3人兄弟で僕より一つ年上の「ゆかちゃん」の家と、池田屋・・・これは健在。妹と同じ年の子がいた。
それから・・・。
僕より5歳上、「ゆまちゃん」と二つ上の、「みーちゃん」だ。
苗字は何だっけ。
僕と同じ名前のお姉ちゃんだった。
そうそう、あそこのお母さんは、凄く優しそうな明るいお母さんだった。
ああ、それで、いつかの廃品回収の時に、たいちゃんがみーちゃんのお母さんがりぼんとかの少女雑誌をたくさん出してきたのを見て、
「お孫さんいるんですか?」って聞いたんだ。
みんなで、「ここ、みーちゃんのおうちだよ!!」って笑って。
今思うと、子供って怖い。
もう少しいくと、ええと。。。そう、「さわがに」って呼んでた、「澤田」さんのおうちだ。
兄は「ゆまちゃん」と同じ年だった。で、弟は、「みーちゃん」と同じだ。
で、僕はよく、殴り合い(もとい、僕が一方的に殴る)をしてた。いや、遊びのいっかんで。
やべぇ。僕、それこそ「バイオレンスな小娘」じゃん(笑)

右に曲がると、そこの景色だけは小学生の通学路と変わらなかった。

薬の旗も変わっていないし、
変わったといえば、「ロッキー」っていう犬がいた車庫の地面がコンクリートになっていた程度。
そういえば、ロッキーはいつのまにいなくなったんだろう。
大好きだった。ちょっと、変わった色の小型犬だ。

実は、顔を怪我したことがある。小学校三年生の時だ。

とっさに、「ころんだの」と言ってしまった。
しかし、その怪我の周りの痣を見て、「この子は殴られたに違いない!」そう、大人たちは思ってしまった。
そこからはもう、学校中での大騒動。
僕は後に引けなくなって、どんどん嘘を大きくしていった。
先生は毎日家庭訪問にくるし、
生徒を集めて僕に「犯人は誰だ?」と、問いかける。
いつしか忘れられて時効になった。


・・・ごめんなさい、犯人はロッキーなんです。

それは、今でも言えない事実だ。
学校の帰り道、「犬に触らないでください」の紙が柱に貼ってあるのに、
「ロッキー」と触ってほお擦りしたところを、がぶり。
「・・・・・・?」あれ、血。帰ろう。
帰ったら、それはそれはすごい傷だった。
でも、全く痛くなかった。


傷跡は、未だ健在だ。

「女の子の顔に傷なんて!」というが、
僕はこの傷跡は好きだ。なんとなく、愛着がある。
顔のここが嫌だ、そこが嫌だ、なんて、かなりあるものだが、
この傷だけは、なぜか嫌だと思わない。

しばらく歩いて、十字路を右に曲がる。
ここから先は、よく通る道のり。
しかし、いつも曲がるところを曲がらずに、少し真っ直ぐ歩いた。

犬に、吠えられた。

僕より一つ年上の「よしえちゃん」と、一つ年下の「まさくん」がいる家だ。
「おお、犬。」と、垣根越しにしゃがんで見つめてみた。
すると、男の声。
「誰に吠えてるのー」と。
あぁ、「まさくん」かァ。
僕のことなんておぼえて無いんだろうなぁ、小学生以来だし。

歩き出した。

昔、生き物をたくさん飼っている家があった。
学校の帰り、よく遊ばせてもらった。
「ペル」と「きんたろう」という犬がいた。あと、ネコがいた。
小学校一年のころに、よく立ち寄った。
そう、「渡辺さん」だ。
そのうち、「きんたろう」が亡くなって、「みかん」という名前の犬が飼われ始めた。
このあたりで僕は中学生になってしまい、この家の前は通らなくなってしまった。
そういえば昔、「こいのぼり運動会」というのが学校で開催された。
僕のクラスは優勝し、学級委員だった僕は、優勝クラスに渡される「こいのぼり」を貰って、赤いランドセルに刺して、意気揚々と帰宅した。
しかし、帰宅してみると、そのこいのぼりが無い。
どこかで落としてしまったようだ。
それを親に言うと、見事に「捨てられた」と勘違いされた。
怒られた、と、思う。怒られているときの記憶は、僕には薄れていて残っていない。
怒る親の顔は、覚えているのだけれど。声が聞こえない。
聞いていて、返事はしているのだけれど。
そう、あの頃から僕は解離していた。
それで、こいのぼりを探しに行ったのだ。
帰り道、遊んだ渡辺さんの家の前に落ちていた。
ただし、半分ドブにつかって。
あの感情は、今でもわからない。

今、家の改装工事がされていた。
あのおじさんとおばさんは、まだ住んでいるのだろうか。
動物はまだいるのだろうか。
緑のネットに覆われて、中は見えない家を通り過ぎた。

あとは、まぁいつも通る道を。
隣のおうちのおじさん、今日も勉強してるのかなぁ。とか。

そんなふうに家にたどり着いた。


散歩って、いいなぁ。


今日のBGM>em:ou シルバーレイン








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