
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
|
 |
| 2007年05月01日(火) ■ |
 |
| 此処で、終わる。終えていく。 |
 |
|
人生と打とうとしたらじいんせいになって一体何処の水戸黄門の歌い出しなんだとか何処ってそりゃ水戸のだろとかなんだもうなんだこれ。
泣きたいぐらいいやな訳じゃないんだ。でも拒否反応の一つとしていやだと思い込む、そういう技を使うと以降も延々、始めはそれ程思っていなかった筈の嫌悪感まで懐いてきたりする。 仕事の一つとして必要もあるだろう。幅を広げるという意味でも自らにとってそんなに悪い事じゃないとは考えられるんだ。 だけどその仕事を覚える事が結局は、自分以外の誰かが休み自分よりも経験が少ない人を宛がえるように、潤滑に回るように、駒として機能出来るように、仕込まれるものであるのが納得出来ないんだ。 別に先日体調不良が認められずいや認められたけど人がいなかった故に休めなかった事に恨みを懐いている訳ではないんですよ。 本当にもう恥ずかしい話、自分が率先して動いたり得意としてたり楽しみを見つけたりするもので無く、且つ自分よりも他人が得する事は出来るだけしたく無いんだよ。あんまりな傲慢加減ですNE☆ もう一つ、相性というのもあるんだろうけど、基本的に教えて貰った人以外に動きを見られたく無い。指導者であれば今後どうするか指示を仰ぐ為仕方が無いけれど、有る程度ノウハウ飲み込んで自分のものになったと感じた時、それは過信ではないのか、とんでもない思い上がりで、人から見れば杜撰で鈍間な行動でしかないんじゃないかと。 そう思われているんじゃないかと毎度お馴染のネガティブ深読みでいても経ってもいられない。恐怖とでも呼ぼうか、下手すりゃそれこそその為に、動きが鈍重になりもするんです。どうにかしろよ対人恐怖症。 それでもその行動が必要とされる際には、成る丈一緒にいる人が傍にいない時や別に気を取られている時を狙ってさっと動きさっと終えさっと帰る。お前何処の忍者気取りなんだ。 どうにもならない事だってあるんだよ。どうにかなれるよう前向きに善処してみたりどうにかしようと意欲があって、やがて変わっていくとしても、どうしようもないくらい、どうにもならないものもあるんだよ。
|
|