
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰
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| 2006年03月09日(木) ■ |
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| 調べるだけなら楽な言伝。 |
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とある事情から、よく知りもしない人と電話しなければいけなくなりまして、お電話する訳ですが。 どれだけ言葉を尽くして、信用してくれと出てくる、その姿勢さえ疑わしいのに、 それらのいう疑わしきものに、これだって含まれていそうなのに、割り切る事で連絡しても、 結局押し売り宜しくな話が続いてはどれだけ無理だと精神的にでなく行動しようとも何をしようとも 無理だという其処をなんとかしてみませんかと言い続け、しつこいと思った辺りでようやく、 嗚呼こいつはこの話に乗ってこないのだと見切りをつけたが早いか商談は終わり。 この人は私の欲しい情報をくれる訳ではないのだと、確信した時より随分長く、 その人がターゲットたる私に見切るを付けるには時間が掛かったけれど、同じ思いに達した時点で、 ポイ捨て可能な存在、ただの客。それとも粘って、ノルマ達成でも果たしたかったのか。 だとしたらどうしてもっと、此方が諦めを示している時点で引き下がる利口さは無いのだろう。 決裂した後で掛かってきた電話に八つ当たりをする程子供でも無いけれど、その人はその人で 私に電話してもいやな目にあうだけなのだから、やめとけとどれ程を尽くしても、 勝手に怒られて勝手に傷付けられて勝手に苦しんで勝手に落ち込むんだ、又。 判っているのに止められない、その程度の子供でしか無く、いやなものはいやなのだと、 つっぱごねればいやなものは消え去るとでも信じていそうないやな予感。 どうしてそうとしかなれないのかと自分で問えば、自分に問えば? 帰ってくる答えは変わらないのに。 いやなんだ。その人がじゃなく、話す事がじゃなく、多分、嗚呼だけど、何がだろう。 人が人と繋がる道具を蔑んだって始まらないのに。電話が鳴っているのに出ないという事は、 出たくないという意味なのだと、どれだけ教え込んでも判ってくれない矢張り無知さになんだろうか。 優しいから、本当は優しいからとか、必死に信じ込もうとする、その悪足掻きは何? その醜態は何? そう思い込む事で何を手に入れたいのか判らない。本人が違うと言っても気付かない事もある。 勿論、だけど。彼女のそれは、ただの甘えや妄想にしか聞こえないよ。 何を幻想に、浸っているんだろうとか。 電話なんてもう厭だ。本当不快感しか募らない。使い方の悪い、私にしか責任は無いけれど。 本当に捨てようか検討中。惜しいのは着歌フルだけです(うあー。)
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