原初

羅列 回帰



―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2005年09月07日(水)
空気穴の無い倉庫裏。


黙っている事は楽だけれど、それを悪い事だとも感じないけれど、不自然な訳でもない沈黙が
居心地いいとまでは言えないから、ただ同じ空間にいて同じ空気を吸っているだけでもういいやと
思える程度の何かが欲しいと思った。重苦しさが苦手なのではなくて、堅苦しさが嫌いなのだとも思う。
わざわざ小奇麗にした部屋に招いたり、お洒落して町を歩いたり、散策する為の予備知識を仕入れたり
そんな無駄な事、と言い切るのは少しばかり違うのかもしれないけれどそんな事は一切せず、
着の身着のままなんでもない日になんの気なしにふらりと現れた人に、玄関のドアを開けはするけれど
お茶を出したりはせず、適当な場所に座って寛ぐけど勝手に雑誌読み出したりするような、
そういう空気がたまらなく欲しいと思った。欲しいと思ったという事は、持っていないという事だ。
若しくはそれに近いものを持っていても、気付かないふりをしている事で、その近いもの或いは
それ自体に大変失礼なその行為をものともせず、足場も見ないまま、ぼうっと彷徨っている。
眠りたいのに眠りにつけないような、煩わしいと思っているけれど口に出す事でもないかと無視して
放って置いて結局また数瞬後には同じ事を思う堂々巡りを繰り返すような、そういうものも、
きっと持ってはいないくせに、そう出来るふりをして、黙りこくるから、いらない筈の沈黙が、
手に入れたい空間とは全く違う擬似的なものとも呼べないそれでも確かな沈黙は、降りてくる。
昼日中カーテンを締め切ってかと言って家の電気も付けないままで、薄暗いまま眼鏡をかけている目を
より一層悪くしようとしているようにしか思えない恰好で、クーラーをガンガンにつけて風向きを真下にして
その真下に位置するソファの上に布団を被って半袖で寝そべって、見もしないテレビの音量をちらちらと
気にしながらも時折引き篭もっていた部屋から思い出したように出てきては本人にとっては他愛無い話、
此方にとっては全くの読書の邪魔にしかならない相手に曖昧に適当に返事をして、そんな相槌に
飽きたらまた部屋に帰っていく人をやっぱり見もしないで相変わらずテレビは付けっぱなしのまま、
ふと何時間後かに見た時計の針の位置に愕然とする。そういう日常が、激しく嫌いなのだろう。
だらけている、その己の怠惰さにか、まるで平穏そのものを象った、ごく一般的な有り触れた形にか、
だらだらと全てを無意味に垂れ流し続けては若しか必要なんじゃないかと思われる根こそぎを排除して
切り落として自分が一体何をしたのかも判らない闇雲さにか、それすらもまるで判らないのだけれど。
ただ、もっと深い存在になれたらと、幾許か思う事があるのも事実であり。無計画とはいわないけれど
欲求や願望、ほしいもの、成し遂げたい事、兎角盛る血の気にそういう事が多過ぎて、
自分でも何がなんだか判らないものに夢中になって、金遣いの荒いとかいう感覚さえ、後の財布に
小銭が寂しくなるのを聞く事で実感しながらも、甘えられるついでに猫なで声を披露しては
そんな時だけ甘えだして、軍資金を用立ててくれという、そういう甘ったるさは激しい嫌悪を
覚えるのだけれど、ひたすらに甘い事が嫌いだとか言う訳でも無論無くて、ただ自分がする事も
される事も若しかしたら見る事も場合によってはなんだなと思うという事は結局そういう意味も
持っているのかもしれなくて、何度もそれこそ再三の、その要求が叶えられなかった彼が遂に諦めて
外に出かける仕度をして、全てが終わった後に、アイスでも買ってきてやろうかと無謀な誘いをそれも
唐突にするものだから、そんな金があるならと気安くかけた言葉に、苦笑いで出かける背中に、
嗚呼じゃあ宜しくとあっさり了承してぽんと千円渡せるぐらいの、度量は欲しいと思った。
その言葉にかけた希望はたった一縷だったとしても、煩くしたお詫びのつもりだったのだとしても、
百円のアイスを買う為にすっと差し出した千円札を、飾り気無しに掌に乗せられる、せめてそれだけの
大きさは欲しかった。すぐに疑うのは仕方ないとしても、口に出さずに、逆に何を考えているのか
判らないと専らの評判なのだから、けち臭い事ばかりを言った後に、妙な仕草を見せる事もまた
有りだとは感じたんだろう。結局そんな事を言ってみたところで金の貸し借りなんてものは生臭いし
言った言わない返した返さない何処までもいつまでもその粘着質で責めてくるもので、
それでどうこうなる関係もそれはそれで素敵とか思うけれど、人には借りて返さないとか、
そういう事が問題なのではなくて、ただひたすらに、私にとっては無意味なテレビを
いやに真剣な眼差しを送り続けていた彼の、暇潰しといわんばかりに意見や同意や相手にされる事を
望んだ彼の言葉に、煩いという一刀両断しか投げかける選択以外を持ち合わせなかったその後で、
せめて一握りの余裕で持って見せつけられたら、なんて思った。
小さな見栄とか、ちっぽけなプライドとか、きっとそんなもんでは、無いのだろうけれど。よっぽど。


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