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―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2005年04月19日(火)
予想をも遙かに上回り。


一年前とか言ってみたけれど、そんな生半可なものでは無かった。
発掘したビデオ鑑賞中、年代をはっきりと認識させるCMを発見。
曰く、2003年のバレーらしい。……へぇー、2003年かぁー……
……ふぅ(なんのため息よ)。
この時代の笑う犬に、青木さやかがいた事に軽ーく、ショックを受けました(笑)。
ねぇ一体あんた何色々取り溜めてるんだよ!!
ロスト・ユニバースの後に笑う犬なんて聞いてねぇーーー!!!(笑)
や、もう、色々と吃驚したんです。よ。
過去の自分の忙殺っぷりとか(笑)。
満足にバラエティも見られなかった、そんな時代もあったのよねと……蜆汁。
…ま、微妙なギャグはさらりと流す事にして(ギャグだったんだ)。全然しみじみしてないね。


特になんとも思っていない事柄だって、それがその場はそうした方が、
良いと感ずればいとも容易く、誤魔化せてしまうのが。
いけないのだろうとも思い、またいい事でもあると容認し。
実例を挙げるとするならば、兎角どうとも思ってはいない動物に対して、
可愛がっている素振りをするのは、そうした方が良いと判断したからで。
映る姿の醜悪さなんて、きっと気付きもしないのだろうから。
いいのだそれで、その人にはそう映っていた方が、後々楽ですむと、
何故そう思えてしまうのだろうか。
けれどもそうして過ごしてきた時間を、帳消しに出来ないように内容も、また。
別段関心さえも湧かなくとも、まるでなついているかのように振舞えるのは、
それはそうしておいた方が、好印象を持たれ生きるのが楽になるからだ。
こんなものが、処世術だなんて。
万人においてほぼそれを使用し、恐らくは行使してはならない、そんな存在にさえ。
いや、寧ろだからこそなのか。平然と当たり前と、そんな自分を見せられる。
やがてそれが本質になり、己になっているとも知らずに。本当は、知っていても。
手段と目的が取り違ってきているのだろうか。少なくとも侵食はされていると。
それとも元々は、そうであったのか。そうであったと、認めたくない。
認めたくないのは、それがきっとあまりに哀し過ぎる、事だから。
こんな手段しか考え付かなかった、無知と未熟さ加減がきっと。


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