
戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
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| 2004年06月28日(月) ■ |
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| ちょっとそれっぽく言ってみる。 |
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生き急がなくていいんだよと。
昔誰かに言われた気がする。
生き急ぐ、とはどう言った事だろうか。 考えてみても、所詮程度の低い頭で出た答えは満足のいくものでは無いと分かっていながらも、思索していた。 当時は、今も未熟だが輪をかけて幼かった。 年齢との対比を考慮するとそうではなくとも、それなりに年を重ね経験を重ねた者から見れば幾分か、矢張り幾分か未熟だったのだろう。 一番初めに言われた時は、それどころではない忙殺状況と、まるで宥めすかすかのように言われた台詞がどことなく気に入らなくて、記憶しない事にしていた。 しかし言葉に対する興味や関心は今と変わらぬもので、どんな意味が含まれているのか想像するだけで心が落ち着いた。 だからなのか、気にせずにはいられない。 その言葉に込められた意味の、端っこでも掴みたいと。思わずには、いられなかった。
私自身も、自分の送る人生と言うものが一般のそれと当てはまらないと言う意識はあった。 尤も、そうそう平凡と呼ばれる人生を送る者など居らず、それはそれで一つの個性的な人生であって、どれ一つとして同じ人生と言うものは無いのだから、その概念自体間違っているとも言えるのではあるが。 そう言う事ではなく、ただ少し、本来経験すべき事を経験せず、逆に経験せずとも良い ―とは言わないが、そうは経験しない― 事を経験する、十把一絡げではない捻た人生を送っている、それだけの話。 自慢にもなりはしないが、おかげで多少は計れる人になれたのではという自負はある。 それも同年代と比べて、に過ぎないのであるが。
自身の生き方に小なり自覚症状はありながらも、生き急ぐ感覚は持ち合わせてはいなかった。 そもそも、その日を生きる事に精一杯で、張り詰めた空気の中必死に酸素を吸って、何とか生きる分だけのものを削り取り、切り詰めて得た時間に思惟に耽り。 これ自体を生き急いでいると言われるならば、それを否定されると言う事はイコール死刑宣告であり。 そうでなければ、…………なんなのであろう? 現時点では、そう深くも関わっていない人間に言われる覚えのある言葉ではなかった。 矢張り当初の予測通り、所詮程度の低い頭で考えてみてもどうにもならなかったのだ。 悔しくは無かった。 ただ、漠然と。 もしこの人がもっと早くから私の側にいてくれたならば、もう少し私は可愛らしい人になれたかもしれない。 もしも話はあくまで空想、望む事は愚かだと知っている。 なればこそ思い描いてみた。今より少しだけ素直な自分を。
…………吐き気がした、というのは、素直ではない心が出す感情。 …………羨ましかった、というのは、ほんの少しだけ素直な心が出す感情。
莫迦みたいな願望は、儚く散り夢だと知っても、見ずにいられないのは人の性なのだろうか。
それならば、よいのだろうか。
それならば、よいのだろうか。
今此処に到り、答えは見つかる訳も無く。 僅かのみ成長して見えるものも、凡そ贔屓目の御利益。 ただ、その答えが分かる日は、あまりに遠過ぎて来ないとは知った。 解答は自分で得ねばならない。しかしそれを手中に押さえるには、自分が生き急がなくてもよいのだ、と思わなければならないのだ。 そうでなければ出た答えも、その場凌ぎのものに過ぎない。 真に自分が理解するには、まず自分がそうであると認識せねばならない。そしてその日は来ないと感じた。 来るとしてもその日はあまりに遠く、この世を立つ直前にようやっと現れてくれるのではなかろうかと思える程。 だからこそか。無理に答えを出そうとは思わない今。 何れ自ずと出るだろう。出なければそれもまた一つの答え。 それさえも己の隠れ蓑か、真実は私に分かる程明快なものでも単純なものでも、やさしいものでもなかった。
生き急がなくていいんだよと。
何故言われたのかは分からない。
生き急がなくていいんだよと。
何故言ったのかは分からない。
生き急がなくていいんだよと。
言われたかったのかは今も、分からない。
生き急がなくていいんだよと。
言った人はきっと、私より強い人だった。
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