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2006年05月25日(木) 5月の心のなかで

  
 風薫る5月だというのに、今年は爽やかな日が少ないですね。

なつかしい数人の方からメールをいただきました。

近いうちに雑記を再開予定とお伝えしましたが、まだその目途がたっていないので、こちらで一言(読んでくださっていればいいのですが・・・)。

もう少々お待ちください♪


話は突然変わりますが。

前髪が伸びてきたので、そろそろ美容室へ行こうと思っています。

数年前のきょうのわたしは何をしていたのかな?
と日記をめくってみると、美容室へ行っていました。
髪を切りたくなる時って、なんとなく同じ季節の
同じ時期になることが多い気がします。

そんな日の日記を再録します。

- * -

  「月は東に日は西に」

久しぶりに美容室でカットとトリートメント。

その間ずっと、森本哲郎さんの『月は東に −蕪村の夢 漱石の幻−』を読んでいました。いやあ、いい本です。天明を生きた蕪村の俳句・詩歌と明治の文豪・漱石の『草枕』をはじめとする小説や詩歌の類似性を説かれています。ふたりを「結び付けていたのは、磊落な心境に達したいというひたすらな夢だった」と。
違う時代に生きながらふたりは同じ「桃源郷」を求めつづけたのですね。

オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガ(1872-1945)の名著『中世の秋』を引いてあるあたりがわたし好み。
あの有名な「より美しい世界を求める」ための三つの道、

 第一の道「世界の外に通じる俗世放棄の道」
 第二の道「世界そのものの改良と完成をめざす」現実への道
 第三の道「生活そのものを、美をもって高め、社会そのものを、
      遊びとかたちとで満たそう(理想の魅力によって、
      現実を中和しよう)とする」道

のなかの、第三の道を蕪村と漱石のふたりは歩んだ、という説です。
ふむふむ面白い。

平行して読んでいる『漱石とグールド』(横田庄一郎編/朔北社)には、カナダのピアニスト、グレン・グールドが漱石の『草枕』をくり返し愛読し、自ら『草枕』を朗読しレコード化した、とありました。『草枕』は第三の道を象徴するような作品。『草枕』の世界を愛したグールドは、音楽によって「第三の道」を歩んだひとりだったのかも知れません。

こうして、好きな作家や詩人、音楽家たちが時代や国を超えてつながっていくのは、ほんとうに面白いものですね。


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 一篇の詩をどうぞ・・・

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 「心のなかで」

 陽を受けた果実が熟されてゆくやうに
 心のなかで人生が熟されてくれるといい。
 さうして街かどをゆく人達の
 花のやうな姿が
 それぞれの屋根の下に折り込まれる
 人生のからくりと祝福とが
 一つ残らず正しく読み取れてくれるといい。
 さうして今まで微かだつたものの形が
 教会の塔のやうに
 空を切つてはつきり見えてくれるといい。
 さうして淀んでゐた繰り言が
 歌のやうに明るく
 金のやうに重たくなつてくれるといい。

        /野村英夫



          (200○.5.25 一部改稿)
  
  

 - * -

野村英夫はわたしの好きな軽井沢派のカトリック詩人です。

上の詩をまたここに載せたくて、雑文を再録しました。



きょうは野村英夫の詩をもう一篇。


 「心のなかの石段を」

 心のなかの石段を一段一段昇つてゆかう。
 丁度、あの中世の偉大な石工たちが
 築き上げた美しい聖堂を
 一段一段、塔高く昇つてゆくやうに、
 私達の心のなかの石段を
 一段一段、空高く昇つてゆかう。
 さうしてもう一度だけその頂から
 曠野の果ての荘厳な落日に
 僧院の庭に音立てる秋の落葉に
 人々の群がつた街かどに
 また愛するものの佇む窓辺に
 別離の眼なざしを向けよう。
 さうしていつか私達の生涯が
 このやうに荘厳に終えて呉れるといい。


       /野村英夫 『司祭館』より


 ☆野村英夫は1917(大正6)年東京生まれ。
  早稲田大仏法科に学び、毎年夏は病気療養のため
  軽井沢(追分)で過ごします。
  立原道造や堀辰雄に師事した「四季」派の詩人。
  立原の死後、『立原道造全集』の編集に参加。
  昭和21年に小詩集『司祭館』を発刊。
  昭和23年、30歳。フランスを愛した詩人は
  静かに世を去りました。


 - * -
 

堀辰雄 - 野村英夫 - 福永武彦


好きな人たちが、軽井沢というひとつの場所でつながっていくのは、ほんとうに楽しいものです。

そして、好きな作家や詩人たちは、わたしの心のなかという
ひとつの場所でも、つながっていくのです。

  

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夏音 |MAILMy追加