ライフ・ストーリー
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緑の樹々ばかりを眺めてすごした旅だった。
旅には色がある。碧い海や蒼い空を見てすごしたなら青い旅。紅葉や朱い夕陽が印象に残ったら、それは赤い旅だと言えるだろう。そういう意味では、今回の旅の色はみどりだった。
車窓から流れるような緑を眺め、ときに立ちはだかるような樹木を見あげ、翠の草につつまれて、大きく深呼吸をしてきた。
深呼吸をすることがわたしの旅の目的だ。 深呼吸をすれば、わたしのこころとからだは水をもらった植物のように活性化する。
今でも少し残してあるけれど、この日記にはよく旅のことを綴ってきた。それぞれの旅にはその時々で自分なりに感じた色があった。
そして文章を綴るのも小さな旅だ。これからどんなことを書こうか、何についてどんな風に書こうか、と模索しながらたどる旅。だから文章にも色がある。この日記にはどんな色が着いていくのだろう。そう想いながら今この日記を書いている。
一部の方にはご心配いただいたようだけれど、基本的にわたしは平和に暮らせていると思う。先日書いたようにひとりですごす時間は多い。それにはこのマンションは広過ぎだとは感じるが、ひとりですごす時間は好きだし、大切にもしたい。何より、好きな本がたくさん読める。
夫の食事を作らなくていい日は、大好きなアイスクリームを主食にすることができるし、何時間もバスタブのお湯に浸かっていられる。わたしにとってこのふたつのことは、このうえないしあわせだ。
しかしおそらくひとなみに、暮らす上で大変なこともいろいろある。 深夜の青山ブックセンターに駆けこみたくなるときだって、たまにはある(深夜のブックセンターにはそういう人たちがたくさん居る。――ああ、今はそれもできないのかな? )。
だって、生きるって、そういうことでしょう?
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旅の疲れのせいで、とりとめもないことをつづってしまった。 くちなおしに 昔のように一篇の詩をどうぞ。
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「火と藍 XXXV」
誰とも口をききたくないけど 私のこと聞いて欲しい 誰とも口をききたくないけど 誰かの傍に居たい 誰とも口をききたくないけど 知らない人から手紙が何通も欲しい 誰とも口をききたくないけど 物言わぬ唇と一緒になって 旅する空想をする
/中江俊夫『昭和文学全集第35巻』(小学館)より
☆中江俊夫さんは1933(昭和8)年福岡県久留米市生まれ。 高校時代に詩人の永瀬清子と出逢い、詩を書きはじめます。 昭和27年関西大学文学部在学中に第1詩集『魚のなかの時間』 を自費出版。第3次「荒地」(年刊アンソロジー)同人。 昭和29年に荒地詩人賞、39年に中部詩人賞を受賞。 『語彙集』(思潮社)で第3回高見順賞受賞。 主な作品は『暗星のうた』(的場書房)、『沈黙の星のうえで』 (宇宙時代社)、『不作法者』(思潮社)、『就航者たち』 (詩学社)など。
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