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2003年07月23日(水) 阿弥陀堂にて

 帰国してからも旅行つづきの日々です。
 3連休は信州へ行っていました。

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 奥信濃にある飯山市を初めて訪ねてみた。

目の前に広がる風景のなかの緑の多さと、透きとおった空気を運ぶ涼やかな風。千曲川が曲線を描きながらゆったりと緑の地平を流れている。新潟に入れば、この日本一長い川は「信濃川」と名前を変える。

飯山は信仰深い寺町。映画『阿弥陀堂だより』(2002年小泉堯史監督作品)の舞台にもなった。

『阿弥陀堂だより』は、東京から信州に戻ってきた売れない小説家の夫(寺尾聰)と、医師でこころの病をかかえる妻(樋口可南子)の一組の夫婦と、飯山に住む人々とのこころの交流を描いた静かな物語。好きな映画のひとつ。原作は芥川賞作家である南木佳士(なぎけいし)氏の同名小説。南木氏は現在も長野県で医師をしながら、新しい作品を生みつづけている。

ロケ地を訪ねてみる。バス停・富田入り口から途中まで車でのぼり、美しい棚田を左に見ながら三十三所観世音の石仏が両脇をまもる小径を阿弥陀堂まで歩く。急な勾配に息が切れる。阿弥陀堂は映画のままの姿。茅葺きの屋根、古びた壁板。趣のあるお堂だ。

障子が開け放たれた縁側には、映画の中で阿弥陀堂をおまもりする役の「おうめさん」そっくりの老婆が腰を曲げて座っていた。思わず本物かと、胸が熱くなるが、観光客の方だった。それにしても映画の「おうめさん」そっくりの服を身に着けられている。もんぺ姿。映画の衣裳はおうめ役の北林谷栄さんの自前のもので、地方のお年寄りからわけてもらった衣服だそうだ。

阿弥陀堂の縁側に座る。「おうめさん」の「山、きれーに晴れてきた」という台詞とともに銀幕に映るロケーションとおなじ景色が目の前に広がっている。遠くに連なる山々、その手前、視界の真ん中をきらきらと蛇行しながら流れていく美しい千曲川、青く澄みわたった空。夢のような景色。

映画は、この美しい奥信濃の四季を効果的に映していた。
菜の花の咲く川原、蛍が飛び交う奥志賀高原、秋の夕日に照らされる棚田、雪の綿帽子をかぶった阿弥陀堂。

 「春、夏、秋、冬。
  はっきりしてきた山と里との境が少しずつ消えてゆき、
  一年がめぐります。
  人の一生とおなじなのだと、
  この歳にしてしみじみ気がつきました。」

   /「阿弥陀堂だより」(おうめさんの言葉を書きとめたコラム)より

主人公夫婦は、この景色や人々と出逢うために、都会のすべてと別れてきた。

おなじ場所でおなじ景色を見ながら様々なことを想う。

ほんとうに、
季節が移るように、ひとの季節も移っていく。
出逢いと別れをくり返しながら…。
これから先、どんなひとや景色とどれだけ出逢えるか、
それが新しい旅立ちの意味だと知ったら、別れの辛さも薄らいでいく。
  
  
貴女の旅立ちに祝福を。


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夏音 |MAILMy追加