言語“姦”覚 - 2002年02月22日(金) ハイハイ、タイトルは筒井康隆のパクリですよ。 あ〜ごめんなさいよ。←居直り そんなわけで(どんなわけだ?)ここ数日日記で イワユルヒトツノ「コトバ遊び」を試してみたのだが、 ムッツカスィ〜アルネ〜〜。 そんなふうに(どんなふうだ?)帳尻を上手く合わせる のがムッツカスィ〜アル。 ポエマー←英語勉強します な人たちはスゴイ!と思う。 作詞を生業としている方々には東急ハンズの賞状を あげたい。いや、マックのドナルド氏に変装してバリュー セット12人前をスーパーカブに乗って出前してあげたい。 もちろんBGMは はじめてのチュウ さて、そんなわけで(だからどんなわけだよこのスカポンタン) 今日は仕事でとある養護学校に行きました。 これまたとある出版物の原稿を持って。 ちょうど生徒(児童?)のご帰宅のお時間にマンマと登場の ワタクシ。スーツ姿が七五三な雰囲気醸してる29歳(営業)。 自分が思い描いていた通りのサツバツもモノモノシクもある玄関前。 おおまかに分けて、ワタクシ的には分野は『福祉』に入るんじゃないかと 勝手に思い込んでいる養護学校。 『福祉』の仕事なんて、人助けでもみんなの幸せでも、なんでもない。 もちろん、そういう方向を目指している。これは間違ってないと思う。 だけど、「私は人を助けるor人の幸せを追求する仕事がしたいの☆」 っていうパープリンな気分だけでは、やってけないでしょ。 現実は悲惨だ。 「ここはうっかり見間違えると『戦場』とおんなじだな」 仕事のことを半分(以上?)忘れかけて、養護学校の下校風景を 眺めていた。 養護学校は「収容施設」ではもちろんないから、生徒(児童?)たちは 毎日家に帰らなくてはならない。彼らだって望むべくしてここに通学 している訳ではないとしても、とにかく「学校」だ。 そこの学校は大通りに面しているため、校門は常に施錠され、通学は 大型バスということになる。それぞれがそれぞれの、ワタクシには到底把握 できない想いを彼らは抱いて、毎日まいにち学校を行き来するんだろう。 ふと、振り返ると、一人の生徒(児童?)が玄関にうずくまっていた。 きっと、何かがココロを支配してしまって帰ろうとしないんだな。 すると、先生の怒号。 「お前、そんなんで明日生きれんのか!立て!」 やっぱり『福祉』の仕事って、悲惨だ。 人を愛するがゆえに、人を愛せざるをえないがゆえに、何かの“キッカケ”を 常に与え続けなくてはならないなんて。 そう思ったのはずっと後のことで、その瞬間は ワタクシはその先生の背中にこう呟いていたのだけれど。 俺にもその台詞言ってやって下さい。 「そんなんで明日生きれんのか?立て!」 ...
|
|