見つめる日々

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2010年09月01日(水) 
起き上がり、窓を開ける。最近、朝早くは雲が広がっていて、そのせいで水色よりも灰色が勝っているように見える。今朝もそうだ。昨日よりずっと雲の色が濃い。風は殆ど吹いていなくて、ぺっとりとした湿気のある空気が私の肌に纏わりつく。きっと街路樹にとってもそれは同じなんだろう。茂った葉たちがみんな、くてんとしている。あの樹たちは、一体いつ、どこから、水分を補給しているんだろう。最近植木おじさんの姿も見ない。この暑さで参っているのでなければいいのだが。
しゃがみこんで、ラヴェンダーとデージーの、絡まり合った枝葉を解く。丁寧に解いているはずなのに、デージーが数本抜けてしまう。抜けるデージーは、もうすっかり褐色になっていて、触ってみると水分が何処にも感じられない。まるで干草のようになっている。昨夕もちゃんと水は遣ったはずなのに、こんなに干からびるなんて。これが終わりというものなんだろうか、草たちの。私は何となく納得がいかず、しばらくその干草のようになったデージーの枝葉を摘んで、眺めてみる。もちろんそんなので答えがでてくるはずもないことは分かっているのだが。
吸血虫にすっかりやられたパスカリの方から、新芽が数枚、芽吹いてきた。よかった、まだ生きている。私はほっとする。その葉はまだ小さいけれど、でも瑞々しい息吹を放っている。吸血虫にやられた葉とは大違いだ。それだけ吸血虫の威力が強かったということか。
もう一本の、横に広がっているパスカリの蕾。くいっと首を一段高いところに伸ばし、蕾がくっきりとしてきた。まだまだそれは小さい。小さいけれど蕾には変わりはない。そして、もう枯れたかな、と思っていた枝から新芽が芽吹き始めた。こちらもまた、赤ちゃんといっていい小さな小さな葉だけれども。吸血虫にやられてすっかり散った後の枝葉を、飾ってくれている。
友人から頂いたものを挿し木したそれの、一本から、また新芽が出てきた。全身紅色のそれは、もう一本の挿し木の影になっており。だから私は新芽が陽に当たることができるよう、ちょいっと指で位置を変えてやる。
その隣、桃色のぼんぼりのような花を咲かせる樹。芽吹いてきた新芽が、ぱっと開き、今まさに黄緑色の葉がきれいに開いたところ。細く長いその葉は、他の薔薇にはない特徴。まるで笹の葉みたいだと思う。もし縁にでこぼこがなければ、まさに笹の葉のミニチュアだ。
ミミエデン、新芽をあちこちから芽吹かせてくれて。もしかしたらこの二つは、花芽なんじゃないか。そう思えるような徴を、今、見せてくれている。まだ分からない。花芽じゃないかもしれないが、でも。明日の朝が楽しみだ。
ベビーロマンティカは新たに三つの蕾をつけ。今咲こうと頑張っている一輪は、ぱつんぱつんのまん丸をしている。ベビーロマンティカは、他の薔薇たちのように、細長い蕾じゃぁない。はっきりいってまん丸だ。だるまさんみたい、と思う。
マリリン・モンローも、もしかしたらこれは花芽なんじゃないかと思える徴をひとつ、抱いている。みんな本当は、もうちょっと涼しくなることを期待しているんじゃなかろうか。涼しくなることを期待して、こうやって花をつけようと頑張ってくれているんじゃなかろうか。でも、今朝の天気予報でも、九月もこの暑さは続くと。そう言っていた。
ホワイトクリスマスは、しばし沈黙の時らしい。何も言わず、何も語らず。ただそこにじっとしている。凛と真っ直ぐに天に向かって伸びる枝。私も背筋を伸ばしていかなくちゃ、と思わされる。
アメリカンブルーは今朝、四つの花をつけてくれた。真っ青なその花。どんな空の下でも、そこだけ澄んだ空気が漂っているかのように見える。
そして、挿し木だけを集めた小さなプランターの中、いくらか変化が見られる。もういい加減諦めていた枝葉が、新芽をつけたのだ。よくまぁこんな暑い陽射しの下、こんなふうに葉を伸ばしてくれる気持ちになったもんだ、と、私は感心する。頃合を見て、大きなプランターに移し変えてもいいのかもしれない。その頃合がいつなんだろう。一度母に相談してみようか。それがいいかもしれない。
部屋に戻り、お湯を沸かす。ふくぎ茶をいつものようにポットいっぱいに作る。少し濃い目に入れて一杯目は氷を入れて。そういえば私が氷を使うことなんて、珍しいよなぁと、我ながら思う。氷は娘のもの、といった感じがする。娘は眠る前、必ず氷をひとつ、口の中に含んで寝るという癖がある。そうすると涼しくなるんだと彼女は言うのだが、どうなんだろう。
お茶を机に運び、椅子に座る。煙草に火をつける。ついでにお線香にも。突然、かりかり、かりかり、と音がして。あぁ、ゴロの水を飲む音だ、と気づく。おはようゴロ。私は声を掛ける。最近ゴロは、抱き上げても手のひらでうんちをしなくなった。そして、今、ミルクとココアとゴロ、三人の中で、一番ゴロが体格がいい。むっちりして、ミルクよりもちょっと大きい感じがする。体重はさほど変わらないのだけれど。
ココアは、一度目を傷めてから、時々寝起きに、目がおかしくなるときがある。傷めた目の方だけ、半分しか開いていないということが。大丈夫なんだろうか、また病院に行った方がいいんだろうか。娘が起きてきたら、そのところをちゃんと話し合おうと心にメモする。
給食は九月一日から、ということで、昨日は娘と昼食を摂った。普段昼食なんて殆ど食べない私ゆえ、簡単に簡単にと考えていたら、結局ざるそばになってしまった。葱をたくさん刻んで、めんつゆにはお酢をひとたらしするのが我が家流。夏はその方がさっぱり食べられる。
ママ、塾のお弁当、ちゃんと作ってね。はいはい。というわけで、暑い中唐揚げを作る。面倒だから明日の分も一緒に。そしてブロッコリーともやしを塩水で茹で、ついでに鶉卵も茹でて。ミニトマトで飾ってやれば、色とりどりになるだろう、うん。デザートはパイナップル。
ご飯を炊いている間に、二人で図書館へ。娘は一階、児童書コーナー。私は四階と五階を行ったり来たり。一冊、気になる本を見つけたのだが、訳者がS氏で。私はこのS氏が苦手だ。以前この人の病院に通っていた時期がある。もちろん私には別に主治医がいたから、直接S氏と関わることは殆どなかったが。あのがまがえるを潰したようなお顔は、どうも苦手だ。いや、そもそも、あの病院の、宗教のような雰囲気が、私はとてもとても苦手だった。できるならもうあの病院には行きたくない。そう思っている。
でもまぁ、本に罪があるわけでもなく。訳者が気に入らないからといって読まないのは私の損で。結局、それを含めた三冊を借りることに。
娘のところに行くと、娘がうんうん唸って本を選んでいる。どうしたの? なんかいいのがないんだよねぇ。あのさぁ、余計なお世話かもしれないけど、あなたはもう、あっちの本棚の方がいいと思うよ。あっちってどっち? あっち。ママもあなたの年頃、こういった本を読んだ時期があったなぁ。そうなの? んーでも、私、絵のある本の方が好きなんだよなぁ。分かるよ、ママも、単行本好きだもん。なんか重みもあって、読んでるって感じがしてサ。そうそう。まぁでも、ここで読む本がなくなったら、あっちの棚、見てみるといいよ。うん、わかった。
結局娘も四冊借りて、帰ることにする。帰りがけ、スーパーでアイスを買った。とてもじゃないけどアイスでも食べなきゃやってらんない、という娘の意見で。ついでに、キムチ入りのおにぎりが食べたいということで、キムチも買う。
家に帰るとちょうどご飯が炊けたところで。あつあつのご飯にキムチを挟んでおにぎりを作っていく。本当においしいんだろうか。私は首を傾げる。おにぎりにキムチって…。私にはない感覚だ。そういうわけで、半分はキムチおにぎり。半分は昆布入りおにぎりにしておく。
娘が塾に出かけた後、私は作業にかかる。写真集の続きだ。花流季の方が、写真点数が多くてテキストが入りきらないという事態。数点削るしか術はない。さて、何を削るか。今回の花流季の撮影は、二人とも、ぴったり息が合っていた。そういう中で撮った写真だから、削るのが難しい。でも。写真はいつでも引き算だ。そう思って、数点選び出す。
その時、電話が鳴った。でも、何も言わない電話。私は時計を見る。午後五時過ぎ。ちょうど「声を聴かせて」の時間に入ったところ。私もじっと待つ。すすり泣く声が聴こえる。私はしばらくその声に耳を傾け、何もしゃべらなくてもいいんだよ、と声を掛ける。
その日、電話が一本、メールが一本。届いた。さて、これからなんだな、と、私は身が引き締まる思いがした。
塾が終わって、すぐ電話を掛けてきたのだろう娘。「疲れてたら横になってていいからね!」と言う。私は苦笑してしまう。娘を出迎えずに横になってる母というのも何とも情けないが、我が家では時折そういうことが在る。それゆえの、娘の気遣いの言葉なんだけれども。私は心の中、娘に詫びる。気を使わせてごめんね。

じゃぁね、それじゃぁね、今日は給食でしょ? 何限目まで? 五時間あるよ。そっか、分かった。じゃぁね。手を振って別れる。
今朝玄関の前に蝉の姿はなく。私は何となくほっとしてそのまま階段を駆け下りる。そして自転車に跨り。坂道を下って信号を渡り、公園へ。
池の端に立つと、強い陽光が東から伸びてきており。私は眩しくて思わず手を翳す。トラ猫が、池の向こう側にでーんと寝そべっており。私が試しに小さく手をふると、怪訝な顔をしてみせただけで、ぷいっと横を向いてしまった。
大通りを渡り、高架下を潜って埋立地へ。銀杏並木の作る日陰が、信号待ちをする私にとっては救いのスペース。そうして信号を渡り、左へ折れる。
あとはひたすら真っ直ぐ。信号が青に変わるタイミングを計りながら、私は走る。
さぁ今日も一日が始まる。しっかり生きていかなければ。


遠藤みちる HOMEMAIL

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